side by 郁 - 普段すました顔の彼は意外と-2
(わ・・・きれいな口腔内・・・)
夏目さんの口の中を見せてもらった時だ。
彼は虫歯なんてひとつもなく、歯肉も引き締まった状態で、教科書の写真を見ているように健康的な状態だった。
患者さんは、その大半が、何かしらの苦痛があり“仕方なく”歯科医院へ訪れる。
彼のように、口腔内検査を希望で来院する人間は稀なのだ。
(・・・まだ若いのに、こんな患者さんもいるんだな。)
その後、スケーリングと呼ばれる歯や歯肉の中のクリーニングをしていて気づいたことがある。
夏目さんはすました顔で目を瞑ってはいるけれど、手はボトムをぎゅーっと握りしめているのだ。
(もしかして・・・怖い、のかな?)
確かにスケーリングは、超音波の器具を使う為、黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が続く。
診療をしている私たちよりも患者さんの方が、その音は脳内につよく響くはずだ。
これらを総合すると・・・
(虫歯の治療が怖いから、虫歯があってもすぐ見つけられるように来院してる・・・とか・・・?)
マスクの中で、思わず口元をゆるめてしまった。
大きなからだでどこか冷めたような顔をしているのに、実は怖がりな彼。
(夏目さん・・・なんだか、かわいい人。)
この人は、ツンとした顔の中にどんな表情を隠しているんだろう。
夏目さんが来院する日を、私は楽しみに思うようになっていった。