D-5
「此処は、山の神様が棲む家の玄関なんだ」
「ああ、そういう意味ねッ」
哲也が袋の中身を取り出した。わら束で作られた人形だった。
「な、なあに?これ」
訊ねた雛子の声が怯えている。
「これは“身代わり人形”なんだ」
「み、身代わり人形!?」
哲也の話では、此処は、昔から仕来たりで女人の入山を禁忌としてきた。
女人は汚れし者であり、入山すれば、村に禍をもたらすという理からだ。
しかし、やむを得ず入山せねばならぬ場合、禍をもたらさぬ様に身代わりを立てるのだそうだ。
「へえー。そんな仕来たりがねえ」
女性の入山が即、村に禍をもたらすとは思い難いが、古い習慣が今も生き続いていることに、雛子は感心した。
「母ちゃんが言うには、ずっと昔は、白い着物を着て登ってたんだって」
「何で、今はこんなに廃れてるの?」
「解らない。きっと、みんな山の神様が嫌いなんだよ」
そう答えた哲也の顔が、哀しそうに見えた。
「それより先生!此処でお昼にしようかッ」
言われた途端、雛子は空腹を覚えた。
「じゃあ、すぐに用意するね!」
肩から斜めがけした風呂敷を解くと、中から竹の皮に包まれた弁当が現れた。
「先生、こっち来て」
哲也が呼んだ。
雛子が傍に寄ると、草むらの奥から水の音がしている。
「この水を、これで汲むんだよ」
指さす先に、石蕗の葉があった。
「これを、こうやって……」
哲也は石蕗を茎から取ると、広くて丸い葉をくるりと巻いた。それを見て、雛子はようやく合点がいった。
「ああッ!柄杓みたいにするんだ」
「そうそう」
さっそく、真似て石蕗を取った。疲れていた顔が、嘘のように輝いている。
「出来た!」
雛子は流れ落ちる水を注ぎ入れた。表面が日の光を反射して、まるで硝子の粒みたいだ。
「あははッ!」
雛子も、少女のような瞳ではしゃいでいる。
「喉からから……」
ひと口啜った。喉が鳴って、胃へと流れ込んむ。
雛子は恍惚とした表情を浮かべて、汲んだ水を残らず飲み干した。