D-3
「ほ、本当に?」
「うん。お弁当を準備するから、それを持って行きましょう」
「分かった!じゃあ、僕も用意してくるッ」
そう言うが早いか、脱兎のごとき勢いで雛子の家を後にした。
「うふふ」
哲也の後ろ姿を目で追った。その目が、喜色ばんでいる。
(どんな処かしら。秘密の場所って……)
子供の頃、長野で培った冒険心が疼きだす。久々のわくわく感が身体中を駆け廻った。
「あっ!ごはん、ごはんッ」
小走りで家の中に戻った。
節々の痛みなど、何処かに消え失せていた。
「せんせー─い!」
哲也が再び、雛子の家に現れたのは、30分ほど経ってのことだった。
「はあーーい!」
雛子は笑顔で出迎える。
「こんなので、いいのかしら?」
いつもの野良着姿。足元は長靴ではなくズックを履いている。
「それで充分だよ」
「じゃあ、後は、お弁当に水筒と……」
そう言いかけたところで哲也が止めた。
「先生、水筒はいらないから」
「えっ、どうして?」
「……湧き水があるからさ」
「でも、水を汲み入れる物は必要でしょう?」
雛子は思った。
おそらく哲也は、手で汲むつもりなんだろうと。
だが、その思いは否定された。
哲也は「入れ物もあるから」と言うのだ。
どういう意味だか解らない。
これから秘密の場所まで、どのくらい掛かるのか知らないが、近場ではないだろう。
それは、同級生である大や浩が知らない場所であるということでも解る。
話では、その道中に水が湧いてるらしいが、器もなしに、それをどうやって飲むのだろう。
(長野でも、そんなことやったことない……)
雛子はよく、父親に連れられて山の散策に出かけたが、その時もアルマイトのコップを首から下げていた。
(でも、哲也くんが言ってるんだし)
雛子はそう思い直した。
山に入る場合、熟練者の教えに従うのが常である。
此処、美和野村の山に関して、雛子はずぶの素人だ。
「わかった。水筒、置いてくるわね」
雛子は、哲也に従うことにした。