ここがすき-1
「ね」
布団の中、枕に頭を預けたまま、彼女が僕に話しかけた。
本を読む目を休め彼女の方を見る。
猫みたいに少し釣りあがった彼女の目が僕を見ていた。
「どこがすき?」
薄掛けのガーゼ素材で出来た桃色の布団で彼女は鼻から下を隠していたけど、そう尋ねられた言葉は早朝の部屋の中では僕の耳に問題無く届いた。
朝の静かな空気。外では鳥が鳴いている。遠くで新聞屋のバイクの音が響く。
「何の」
短く返す。彼女は細い目をさらに細めてふふっと笑う。そっと体位を変えて僕の脇の辺りへ顔を近づけてくる。
途端に彼女の息がかかり、ふんわりと暖かくなる。
すりすりと顔をこすり付ける。
少し、くすぐったい。
「……どうしたの」
僕は分かっているのに、彼女に尋ねた。
埋めていた顔を上げてそっと彼女はつぶやく。
小さな熟れ過ぎたさくらんぼのような唇で。
「わかんない」
本を閉じてサイドテーブルに置くと、彼女の小さな肩を抱きしめるようにぎゅっと抱いた。彼女の顔が僕の胸に乗る。
子供をあやすようにそっと背中をさすってぽんぽんと軽くたたく。
彼女はきっと目を閉じて僕の身体に染み付いた曰く「いいにおい」とやらを嗅いでいるだろう。
「大丈夫。いるよ、ここに」
彼女の耳に顔を近づけてなるべくゆっくりと伝える。
彼女のやさしくそして甘い「いいにおい」が僕の鼻腔に届く。
「……うん」
彼女の右腕が僕の腕と身体の間を割って入り、そっと背中に伸ばされた。
「寂しくなった。目が覚めて隣に君がいて、でも、本を読んでて、置いてけぼりみたいで、それで」
顔をあげて彼女が言う。僕はじっと見つめたまま彼女の言葉を待った。
「それで、それで……甘えた!」
ふふんっと笑う。最後は気持ち良いくらい言い切って笑みをこぼす。
前髪から見える彼女のおでこにそっと唇を寄せる。
「知ってるよ。好きだからね。そういう所も」
彼女はうれしそうにふふっと笑って、もう一度僕の胸に顔を埋めた。