カオルD-5
「父さん、はい」
「ああ、ありがとう」
真由美が、キッチンから冷えたお茶を持ってきた。
晋也は、流れているテレビ番組を見るとはなしに眺めてる。
「…その、勉強の方はどうなんだ?」
唐突な質問がとんだ。訊かれた真由美は訝しがる。
「なあに?それ」
「なにが?」
「おかしいよ。何の脈絡もなく、質問なんて」
娘の指摘に、晋也は苦笑いを浮かべた。
「まあ…なんだ。おまえと、こうして話すのも久しぶりだからかな」
「よく言うよ。いつもは、お母さんと2人して、わたしを茶化すクセに」
「あれは…お母さんがいるからだなあ…」
真由美は、ある意味驚いた。
娘との会話に、これほど四苦八苦する父親を想像すら出来なかったからだ。
クラスメイトの何人かから聞いたことがある。父親との会話が成り立たないことを。
ほとんどは、父親の方から話しかけてくるのだが、共通の話題が皆無だから自ずと学校関連の話をする。
だが、娘の方は、自宅でまでそんな話はしたくない。まして、疎ましい存在でしかない父親となら尚更だ。
父親も、そんな娘の態度を察知してか、言葉の切り出しに苦労する。かくして、会話自体がぎこちなくなる。
(ウチのお父さんも同じなんだ…)
真由美はそう思うと、なんとなく可笑しくなった。
「…勉強はやってる。〇〇高狙ってるから」
「そういう意味じゃなくて、やり過ぎじゃないのか?」
そう言った晋也に、先ほどまでの困った様子はなかった。
「去年までは、そんなこと言ってなかったじゃないか?」
しかし、今度は真由美の表情に戸惑いが生まれた。
「……それは、その…が、学校から」
「学校から?」
「そうッ、学校の先生が、わたしの成績みて狙ってみないかって」
咄嗟に出た思いつきでごまかしたが、父親にはそれで充分だった。
晋也は「そうか」とだけ言って、それ以上は訊かなかった。
「そういえば──」
真由美は、話題を変えた。
「このあいだも、薫に言ってたんだけど、わたしたち姉弟って全然似てないじゃない」
晋也の目が、大きく見開いた。心臓が、わし掴みでもされたように脈を打った。
「…それが?」
「薫はどう見てもお母さん似だけど、わたしはお父さんとも似てないし…」
晋也には、真由美の言葉は聞こえていなかった。鳴り響く鼓動が、全ての音を掻き消していた。
──くるべき時がきた!
視点が定まらない。縋がるように良計を求めた。
「…それは…」
貌が引き攣っている。答えは見つからなかった。
「真由美…」
晋也は真由美の方を見た。
「どうしたの?お父さん。顔色悪いよ」
「…実は」
言うべき時が来たのだと、諦めが浮かんだ時、唐突にドアフォンの音が割り込んできた。
「あッ!お母さんたち帰ってきた」
真由美は、目の前をすり抜けてリビングから消えた。
(助かったのか…)
晋也の眉根には、苦悩の皺が深く刻まれていた。