カオルD-4
「お母さんは?いないのか」
「薫を迎えに行ってる…」
「薫?薫が、どうかしたのか」
真由美は、母親が出かける時に教えられた旨を晋也に言った。
「へえ、薫がねえ…」
理由を聞いた晋也は、感嘆の声を挙げると同時に表情を曇らせた。
「しかし、大丈夫なのか?そんなに運動量を増やして」
「やっぱり!お父さんも、そう思うでしょうッ」
「ま、まあそうだな…」
真由美の表情が弾ける。まさに、わが意を得たりといった様子だ。
母親の考え方に、疑問を持っているのが自分だけじゃなかったことが、嬉しかったようだ。
「いくら薫に友達がいないからって、やったことのないバレーをやらせるなんておかしいよッ」
つい、不満が口をついた。
澱のように心底で溜まっていたものが溢れ出てしまった。
そんな、弟を思いやる真由美の心根に触れた晋也は、驚き、そして、喜びがこみ上げてきた。
「おまえが、そんなふうに思っていたとはな」
父親の言葉に、真由美はふと我に還る。頬がみるみる赤身を帯びた。
「何よ、その意味深な言い方」
「小さい頃は、やんちゃ過ぎて一方的に薫をいじめていたおまえが、姉らしく弟のことを気遣うなんて…」
「一方的って……薫が、わたしの後ばかりついてくるから」
「まあ、いいさ」
弁解する真由美の脳裡に、幼い日々のことが甦る。
それは、真由美が幼稚園に通いだした頃だった。
快活で行動的な真由美には、すぐに仲良しの子が出来た。当然、一緒に遊びたいというのが心情だ。
しかし、3歳になったばかりの薫には、遊ぶ相手は姉しかいなかった。
従って、出かけようとする姉の後ろをついて行くのは必然である。
真由美はそれが嫌で、薫を追い返すのに、叩いたりしていたのだ。
(あの頃、もっと一緒に遊んであげてれば、あの子の性格も変わってたのかなあ…)
真由美の中に、後悔のようなものが浮かんだ。
「……とくか?」
思考を廻らせる真由美に、声がかかった。
「先に食っとくか?」
晋也の問いかけ──。真由美は首を横に振ってみせる。
「ううん。もうすぐ帰るだろうから待ってる」
「そうか。じゃあ、父さんも待ってるかな」
2人は、リビングで待つことにした。