やっぱすっきゃねん!VR-9
「タイム!」
青葉中ベンチから、伝令に佳代が出た。さすがの永井も、間を取る必要があると考えたようだ。
マウンドの周りで、内野手全員が円陣を作った。
「監督は、長打だけ注意しろって。それから…」
佳代は、そこまで話すと直也の方を向いた。
「省吾が“エースの意地を見せてみろ!”ってさ」
けれん味溢れた笑みを見せた。
「なんだ?それ」
直也の眼が険しくなった。
佳代は、まだ笑っている。
「さあね。じゃあ、伝えたから」
意志の統一を終えて、円陣は解かれた。マウンドには、直也だけが残った。
ピッチャーとは因果なポジションである。逃げ出したい状況下でも、自分が投げねば試合は始まらない。
(エースの意地か…)
直也は、マウンドを外すと、滑り止めのロージンに手を伸ばした。
汗が顎をつたって滴り落ち、褐色のマウンドに黒い点をつける。だが、強い日射しに炙られて直ぐに同化して消えた。
ロージンを掴んだ。白い粉が煙のように舞い散った。
(やってやる)
直也が達也の方を見た。
先ほどまでの焦りは消え、迷いのない眼をしていた。
肚を決めた──そんな眼だ。
バッターが左打席に入った。左足のスパイクの金属の爪が、土を掻いて窪みを作る。
左足で窪みを踏みつけ、強く押し込んだ──軸足を固定するために。
バッターが、直也を睨めつける。先の回でマウンドを降ろされた雪辱に燃えていた。
(先ずはこれで)
達也がサインを送った。
直也は頷き、初球を投じた。
内角のひざ元。バッターはステップして右足を踏み出すが、手を出そうとしない。
ボールは、途中で軌道を変えて踝の高さまで落ちた。
(見てきたか…)
バッターは、達也の配球に手こずり、前の2打席を凡退している。慎重になるのは当然だ。
(だったら)
2球目は内角への縦のスライダー。バッターはタイミングを合わせて打った。
鋭い打球が飛んだが、1塁線のかなり右にそれた。
次の3球目は、内角高めへのストレート。バッターは狙った。
乾坤一擲──そんな想いのバットの振りだった。
しかし、ボールは当たった瞬間にバットの上を滑り、真後ろのバックネットに突き刺さった。