やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑲-3
（仕掛けてみるか…）
永井はタイムをとって、佳代を伝令に走らせた。
その間、ランナーの達也と加賀、１塁と３塁コーチは永井の方を見ていた。
「…だから…でね」
佳代は一ノ瀬の耳元で、永井の考えを伝えた。みるみる一ノ瀬の顔色が変わった。
「プレイ！」
試合再開。大谷西中は当然、警戒する。その最もなのはスクイズだ。
キャッチャーは自分のベンチを見た。監督からは“外せ”のサインが出ている。
初球と２球目は大きく外した。が、スクイズを仕掛ける気配すら感じなかった。
ここで、キャッチャーの思考に迷いが生じた。
安易にストライクを取りに行けば、痛打される畏れがある。かといって、１アウトの満塁策を採って、果たして防ぎきれるかは甚だ疑問だ。
再び１塁ベンチに目をやった。監督は、腕や胸元、帽子のつばを触って指示を伝える──勝負に行け、と。
監督も、キャッチャーと同じ考えだった。
内野は極端な前進守備。完全に、スクイズを警戒した守りとなった。
だが、この状況になるのを青葉中は待っていたのだ。
ピッチャーがセットポジションをとった。達也は、大きなリードを見せない。
ピッチャーの左足が動いた。その瞬間、１塁ランナーの加賀がスタートをきった。
意表を突いた盗塁。だが、あまりにスタートが悪すぎた。
──刺せる。
キャッチャーはそう判断し、セカンド目掛けて投げようとした。
達也は、この時を待っていた。その直後、猛然とホームに走りだしたのだ。
盗塁の間隙を突いての本盗。
全貌を掴んだセカンドが、血相を変えて前方に駆けだした。
走りながら、ベースより前でボールを掴み捕ると、キャッチャー目掛けて投げ返した。
キャッチャーは、ホームに被さるようにブロックして捕球体制をとった。達也はホームに滑り込む。
ボールを捕った。必死にタッチしようとするが、わずかに達也の足が勝っていた。
「ヨッシャー！先制だ！」
スタンドから歓声が挙がった。
先制の喜びに、ほとんどの選手がベンチ最前列で達也を出迎える。
達也も、１人々にタッチして応えた。皆が笑顔だった。
たった１人、直也を除いては。
ふて腐れた顔で左手を上げている。達也は、その左手を思い切り叩いてやった。
直也の眼が険しくなった。ただならぬ空気が辺りを包んだ。