やっぱすっきゃねん!VR-12
「バッター・ラップ!」
主審がバッターに打席に入るよう促す。ネクストサークルの8番バッターが、右打席についた。
(先ずは確実に)
7回は、かわすピッチングで下位に打たれてピンチを招いた。
同じ轍は踏まない──達也はそう思った。
サインは外角低めの真っ直ぐ。マウンドの直也は、思わず苦笑いになった。
(最後まで、こき使いやがって)
サインに頷いた。両の腕を高く上げて振りかぶる。
投球動作に入った。ダイナミックなフォームから、上体ごと叩きつけるように右腕を振った。
ボールは、風切り音と共に、外角低めに構える達也のミットを鳴らした。
「じゃあ、1人で投げてるのか?」
「はい。途中で交代の準備はしてましたけど…」
尚美の返答を聞いた途端、一哉の心に憤怒が湧き上がった。
未だ、直也が投げていることを疑問に思い、尚美達を見つけて事情を訊いたのだ。
有理が割って入る。
「けっこう早い回から、稲森くんも準備してましたよ」
「省吾が?」
「はい…6回頃だったと思います」
「省吾は確か、昨日、先発じゃなかったかな?」
「そうです。8回まで投げて、最後だけ橋本くんと交代してました」
サングラスの中の、一哉の目が蒼白く炯った。
──どうやら、オレに知らせるつもりはないらしいな。
しかし、尚美も有理も、一哉の変化には気づかなかった。
「2アウトォー!安心するなよ」
達也は、内野中に届く大きな声で言った。キャッチャーという監督の代弁者らしく、最後まで手綱を緩めない。
8、9番を凡退に斬って取り、あと1人をアウトにすれば決勝進出だ。
ベンチは勿論のこと、スタンドの応援にも力が入る。
大谷西中のベンチが動いた。1番バッターのところで、代打が告げられた。
出てきたのは、背番号16のバッター。ずっと試合に使われなかった選手だった。
(諦めたか…)
冷徹ともいえる達也の意見。
勝てる希みが無いと判った時、得てしてこういう場面に出会す──せめてもの思い出作りだ。
ただ、相手チームからすれば、気分の良いものではない。
(さっさと終わらせよう)
達也は、直也に向かって両手を広げた後で、真ん中にミットを構える。
(真っ直ぐだけ投げてこいってか)
こんな場合、容赦ない勝負をしてやるのが礼儀だ。
達也の想いに、直也は力強い頷きを見せた。