やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑲-10
バッターが歯噛みした。
──仕留め損ねた。そんな顔だった。
（お膳立てが出来たな）
達也は、バッターが術中にはまったと感じた。初球と同じサインを出した。
直也は頷き、セットポジションをとった。グラブの中で、ボールを挟み込む。
４球目を投げた。勝負球だ。
達也は片ひざを着いて、バウンドした場合に備える。
ボールは、内角の真ん中寄り。バッターの手前で軌道を変えた。
だが、バッターはひざを深く曲げてボールを捉えた。打球は直也の頭上を越えて、セカンドの後方で跳ねた。
「行かせるか！」
センターの橋本淳が、前に突っ込んで来る。
芝を蹴って跳躍した。跳ねたボールに高さを合わせてグラブを伸ばす。
ボールを捕った淳は、着地すると同時に、勢いに乗せてホームへ投げ返した。
ヒットを確認した３塁ランナーが優々と生還した。２塁ランナーも３塁を蹴って、ホームへと駆け戻ってくる。
直也にも比肩する強肩。その送球が、低い軌道を描いて返ってきた。
ランナーは、まだホームに遠い。ボールが達也のミットに吸い込まれた。
タッチに行こうとした次の瞬間、強い衝撃が達也を襲った。
ランナーが、身体ごとぶつかってきたのだ。
「ぐッ！」
受身を取る間もなく、身体ごとふっ飛ばされた。
しかし達也は、ミットを胸の前で抱きかかえるように、落球を防いでいた。
「アウト！」
主審が右手を突き上げた。
何とか、最小失点で切り抜けたようだ。
「おい！大丈夫か」
直也はマウンドを駆け下り、片ひざを着いて、倒れてる達也を除き込む。
その顔には、血の気が引いていた。
「参ったぜ…」
達也は、すぐに身を起こすと足を投げだした。
直也の目に、安堵の色が広がった。
すると、傍らで呻き声が聞こえた。見ると、ランナーが、わき腹を押さえてうずくまっていたのだ。
どうやら、接触した際に痛めたらしい。
（自業自得だな…）
近年、本塁のクロスプレイでは、強引な接触は自重されている。フェアプレイに反するというのが主だった理由だ。
今回、重要な場面だったとはいえ、大谷西中のプレイは度が過ぎたようだ。
「ちょっと手を貸せ」
達也が手を伸ばした。
「あ、ああ！」
直也は慌ててグラブを外すと、達也の手を取ってを引き起こした。
「あと２回だ。頼んだぞ」
「わかってるよ」
２人が顔を見合わせて笑った。
一方、野手の各々はグラブをかかげて、もう１人のヒーローを出迎えていた。
淳の方も当然のプレイとでも言いたげな顔で、皆のグラブにタッチしている。
「良かったよ！さあ、獲られたら獲り返せ」
出迎えるベンチの声も温かい。
淳は駆け足で戻る。すると、目の前に直也の姿が見てとれた。
後ろから、頭をグラブでポンと叩いた。直也はすぐに振り返る。
だが、淳は何も言わずに横を走り抜けてベンチに入った。
直也も遅れてベンチに着くと、奥のイスに腰かけた。
その表情には、穏やかさが漂っていた。