未開封?-1
楽器の例をあげれば、ビンテイジという種類がある。クラシックで使用されるバイオリン。ストラディバリオスという機種があり、時価数億という破格の価値。安い物でも4億はくだらないようだ。3世紀も前に製造されており、現存されているものは幾度の修理・修復を重ねている。博物館に飾られているものも、定期的にプロの演奏家によって演奏させているらしい。詳しい理屈は分からないが、演奏により木材を振動させることがメンテナンスになるらしい。僕が疑問に思うのは、これだけ人にいじくりまわされているのに価値が下がらないとうこと。一方エレキギター。登場から100年もたってない比較的歴史の浅い楽器だ。これのビンテイジは、製造時のままのコンディションであるほうが価値が高い。人の演奏による劣化、パーツの換装はあればあるほど査定が下がる。話がだいぶそれた。僕は常々考える。楽器はともかく、女性は”新品”であるほうが望ましい、と――。
「どうしたの、難しい顔して」
僕の目の前にいる女。大学のゼミの仲間、山下もとこ。黒のショートカット、黒縁のメガネ、おせじにもおしゃれとはいえない服装。
「神は試している。人間が空を飛べないのは、空を飛ぶためだ。ライト兄弟がそうしたように、僕らも課題を克服するべきだ」
「はぁ?」
大学内に設けられたカフェテラスに僕たちはいる。テーブルの上にはゼミのプレゼンで使う資料が乱雑、いくつかの資料はコーヒーの水滴と煙草の灰で汚れてしまっている。会話は他人が耳にしてもわけの分からないような内容。おおよそデートには見えないだろう。事実、僕たちはそういう関係ではない。ゼミの課題にあけくれるだけの男女だ。
山下に目を向ける。手には煙草。そして胸。煙草なんかよりよっぽど目に付く。目測Gカップ。おそらくうちの大学で誰よりも大きい。事実このテーブルのそばを通る男子学生は例外なく山下の胸元に目を向ける。
「今日の君、変だよ? いつもに増して」
「山下、君に質問だ」
「私の話は無視かい……」
「コンビニの惣菜パンコーナーにいくつものパンが観測される。そのうちのいくつかは開封済みだ。封が切られたもの、誰かにかじられた形跡があるもの、パンの形をとどめていないもの、そして未開封のもの。その中から山下はどれか1つを選ばないといけないとすれば、どれを選ぶ?」
煙草を灰皿へ。
「決まってる。未開封の」
「なぜ?」
「誰が何したかも分からないようなものを口にできるわけないでしょ」
「そう、それでいい」
「さっきから何の話をしてるの? 言葉遊びは苦手だから簡潔にいってくれない?」
「山下。君は新品かい?」
「え……?」
「山下の処女膜は開封済みか?」
――。