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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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居場所-9



「いや……別に……いいよ。不味い酒飲んだら、誰かに絡みたくなる気持ちもわかるし」

男がそっぽを向いたままぶっきらぼうに言った。


「……え?」


「―――今日、飲み会だったんだろ?いや、あの、ロビーでさ……たまたま聞こえちゃって。てか……あの……それも別に聞こうと思った訳じゃないんだけどさ」


さっきのプライバシーを覗いた覗かないのケンカを蒸し返すような話になってしまったのが気まずいらしく、困ったように頭を掻いている姿からは意外なほど誠実さが感じられた。



「……なんかさ……あんたに声かけてた女も感じ悪そうだったし………変な雰囲気だったからなんとなく気になってたんだよね」


――おや?と思った。


この無神経そうな男が、永沢まりかを見て、そんなことを感じていたというのは意外だ。


大抵の男は、口を揃えてまりかの第一印象を「かわいい」とか「頼りなげでほっとけない」と言うのだ。


「……俺さ……実は……前の会社リストラされたんだよね。もう四ヶ月ぐらい前だけど……」


「……えっ……」


突然のカミングアウトに胸がチクッと痛んだ。



お気楽なフリーターの兄ちゃんだと勝手に思っていたのだが、改めてよく見ると20代の若造という顔ではない。


「ずっと服飾関係の会社で営業やってたんだけど……俺、あんたに言われた通り無神経だし、あんま気がきかねーから敵も多くてさ……」


「……ごめん……私……」


「いいよ謝んなくて。……たださ、そういう経験あるから敏感なんだよね。人間関係のイヤ〜な部分とかさ」


ロビーでの私と永沢まりかのやりとりを言っているのだということはなんとなくわかった。

リストラの憂き目にあったということは、この木村という男も会社で私以上にキツイ疎外感と孤独感を味わっていたのだろう。


『――ロビーで心配そうに祐希を見てた』という一輝の言葉が頭に蘇った。


「……あんたって……意外とイイ奴なのかもね」


なんの損得勘定もなく、今日一番素直な気持ちが口をついて出た。


「意外ってなんだよ。しかもあんたじゃねえし」


「そうか……ごめん。木村くん、だったね」


思わずふふっと笑うと、夕方からずっとモヤモヤしていた気分が少し軽くなった。


一輝のことは恋しかったけれど、勢いで抱かれなかったことを、今となってはホッとしている。


あのまま酔いに任せて関係を結んでいたら、私は今よりもっと苦しかったかもしれない。


「それから、もう一つ言っていい?」


「―――何?」


木村は小さな灰皿の上でタバコをもみ消しながら、初めて正面から私を見た。


少し下がり気味の目に、意志の強そうな眉。鼻筋がきれいに通っていて、よく見ればかなりのイケメンだ。


「こういうの、家の中に干したほうがいいよ」

そう言ってひょいと差し出されたものを見ると、それは今朝ベランダに干していった私のブラジャーだった。


「えっ?な、なんでっ?!返してっ!」


必死に身を乗り出してひったくると、いつから握っていたのかほんわりと生暖かい。


「いや、ちげぇよ。洗濯バサミがかたっぽ切れてぶらぶらしてて、今にも飛んでいきそうだったからさ。今日すげー風きつかっただろ?」


「だ、だ、だからって普通、女の下着なんか勝手に取り込む?!そんなんだったらどっかに飛んでって知らないオッサンに拾われたほうがマシよっ!」


ちょっとでもイケメンだなんて思った私がバカだった。


「こ、このっ………ド変態!!」


私は真っ赤になってそう怒鳴り付けると、呆気にとられる木村に洗濯バサミを投げつけてベランダの中へと駆け込んだ。


一輝にもらった甘い気分も、抱かれなかった切なさや寂しさも、どこかへ吹き飛んでしまっていた。


ぶち壊されたのか救われたのか、この時の私にはまだわからなかった。








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