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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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居場所-8



部屋に戻った私は、鞄をベッドの上に放り出して真っ直ぐにベランダに直行した。


朝干したままの形ですっかり冷えてしまった洗濯物を押し退けて隣との境にある隔て板から勢いよく隣を覗くと、あの男がダルそうな顔で呑気にタバコをふかしていた。


ボサボサの頭にヨレヨレのスゥェット。
こんな男と付き合ってると一輝に思われた自分が情けない。


「―――ちょっとあんたねぇ!他人の生活、あんまりジロジロ見ないでくれない?」


「………は?自分から覗いてきて何言ってんの?」


男は私の言っている言葉の意味が全くわからないらしく、眉間にシワをよせてめんどくさそうな顔をしている。


「だからっ……今私がタクシーから降りるところ、ずっと見てたじゃない!」


「は?―――別に見たくて見てたわけじゃないよ。俺のほうが先にここでタバコ吸ってたんだろ。第一アンタの生活になんか興味ないし」


「そ、それにしたってジロジロ見すぎだったわよ!……他人のプライバシーなんだから少し視線をそらすのがマナーでしょう?」


言いながらちょっと論理的に無理があるのが自分でもわかる。


「知らねぇよそんなマナー。そっちこそ見られて困るようなことやってたんじゃねぇの?例えば、上司と不倫とかさ」


「な、何よっ………」


痛いところを突かれて、矛先をかわすためにどうでもいいことに無理矢理絡んだ。


「だいたいなんでいちいちベランダなんかでタバコ吸うわけ?」


「は?」


「あ、わかった!もしかして彼女が泊まりに来てるんだ?髪とか服に臭いがつくから部屋で吸わないでーとかベッドで言われてんだ?」


必死で茶化しながら、これは私のほうの部が悪いな……と完全に後悔していた。


私は自分の浅ましい欲望を満たせなかったことを、この男に八つ当たりしているだけにすぎないのだ。


「……くだらね」


「……え?」


声のトーンが急に変わったのに驚いて改めて顔を見ると、男は驚くほど冷ややかな目付きで見下したように私を見ていた。


「一流企業のバリバリのキャリアウーマンの発想って、意外と低俗だな」


「……ど、どういう意味?」


「ベランダでタバコ吸う理由なんて、他にいくらでもあるっしょ?家に赤ん坊がいるとか、家族に喘息患者がいるとかさ」


「あんた……独り暮らしなんじゃないの?」


「今は離れて暮らしてるけど、喘息なんだよ―――俺の……家族が」


―――マズい。


男のほうが、飲んでいないぶんかなり理路整然としている。


今の私は完全にたちの悪い酔っ払いだ。


「あんたさ、自分はいつでも絶対に正しいと思ってるかもしれないけど、大間違いだから。それに俺はあんたじゃなくてキ・ム・ラ。人に名乗らせたんならちゃんと名前で呼べよ」



「…………ゴメン………」



私は急にシュンとなって振り上げていた矛を鞘に収めた。



私が急に黙り込んだせいで、なんともいえない間抜けな沈黙が流れた。





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