居場所-3
連れて行かれた店は、さっきまでいたような騒がしい居酒屋とは全くムードの違うカウンターバーだった。
車に乗っている間ずっと握られていた右手がしっとりと汗ばんでいる。
この人は一体どういうつもりでこんな態度をとるのだろう。
妻に飽きて、昔の女と都合よく遊びたいだけなのだろうか――――。
繋いでいた指を撫でながらぼんやりとそんなことを考えていると、一輝が私の顔を覗きこんで来た。
「……なあ」
「…………えっ?」
「……俺が上司になって、やりにくいか?」
「……うん………まぁ……正直……」
そこは嘘を言っても仕方がないから素直に答える。
周りに会社の連中がいない気安さで、つい以前の口調に戻っていた。
「………そうか」
苦笑しながらハイボールを飲み干す一輝。
付き合っている頃からそうだったのだが、一輝はこういう店に来ても、特に気取った飲み物を注文しようとはしない。
安い居酒屋にいても高級なバーにいてもいつも自然体で、それがどちらも悔しいくらい様になっている。
「昨日の永沢の件だけどさ―――お前、永沢のことどう思う?」
「……どう……って?」
「うん……あの調子でSEとして一人前になれるかどうかってこと」
――なるほど――そういうことか。
一輝が今日わざわざ私と飲みたがったのは、こういう仕事の話を聞きたかったからなのかもしれない。
表面にはなかなか表れてこない課の内情を知るのに、私はちょうど都合のいい情報源というわけなのだろう。
ホッとした反面、どこかで少しがっかりしている自分がいる。
これじゃあ下心があるのは、一輝じゃなくて私のほうだ――――。
浅はかな欲望を抱いていた自分がひどく愚かに思えて急に恥ずかしくなった。
「まあ……まだ精神的に幼い面もあるけど……それなりの経験を踏ませれば大丈夫なんじゃないの?」
昨日の件の皮肉もこめて、わざと少し投げやりに答える。
「でもアイツ、なんかボーッとしてて頼りないだろ?天然って感じだし」
「……そう?」
一輝まであの作り物の天然キャラにごまかされているのかと思うと、ついイラッとしてしまう。
「―――永沢はああ見えて結構頭がいいし、柔軟性もあるわよ」
今日の飲み会での会話を思い出しながら答える。
「―――へえ。そうなんだ」
「そうよ。今うちの課にいる女子社員の中で、一番見込みがあるのは永沢だと思うわ」
人間性がどうかは別にして、私が永沢まりかに期待しているのは事実だ。
だからこそ、今一つやる気を出さないまりかがもどかしくて仕方がなく、他の社員よりもつい厳しく接してしまう。
「永沢には、愛のムチが必要ってわけか―――」
「そう。わかってはいるけど……うまくいかないの。私たちが新人だった頃とは感覚が違うのよ」
「そうなんだ?――例えば?」
「つまり……欲がないっていうか、ドライっていうか………そう。つい先月もね……」
アルコールがほどよく回ってきたこともあり、私は何年間も溜め込んでいた愚痴をついつい語り出してしまった。
堰を切ったように溢れてくる鬱積した感情。
聞いていて楽しいはずなどない私の愚痴を、一輝はどこまでも穏やかな表情で受け止め、吸収してくれる。
一輝と別れてから、仕事の悩みを言える相手なんてずっといなかった。
本当は誰かに聞いて欲しかったし、共感して欲しかった。
私は―――――孤独だったのだ。