昔の恋人-1
昼休み、外に出て会社に戻る途中、交差点で信号待ちをしていた。
俺が待っている交差点の向こうで、別の方向の信号を待っている姿に瞳を奪われた。
一人の女の子。
いや、女の人かな。
携帯を扱う手。
キチンと手入れされた髪。
ベージュのコート。
茶色のブーツ。
どこにでも居そうな感じだけど、何かが違う。
何かはわからないが。
知り合いではない。
でも何故か惹かれた。
凛とした雰囲気に、近づける気はしない。
ただ、近くに行きたいと思った。
その時、彼女が待っている方の信号が青に変わった。
信号を待っている間、ずっと見とれてしまった。
「遅いっ!」
職場のビルに戻り、自分の事務所のドアを開けると、矢代が仁王立ちをしていて、俺に言い放った。
「な、何だよ。」
負けじと矢代に言い返す。
「あんた、今何時だと思ってんの?!朝、13時から打ち合わせだって言ったじゃん!」
時計を見る。
時計の針は13時15分過ぎを指している。
ふと朝を思い返す。
そういえば今日は朝から怠くてあまり記憶がないが、確かに朝言われた気がする。
そりゃあ、怒るわけだ。
「悪い。俺の把握ミスだわ。」
俺が言うと矢代が小さくため息をつく。
「30分後かな。第5会議室で。書類は机の上に置いてる。今日は2人だから。処理が終わってでいいよ。」
「すまん、すぐ行くから。」
自分のデスクに戻ると幾つかメモがおいてある。
なるほど。
矢代の"処理が終わってでいい"の意味がわかった。
メモの内、急を要するものが幾つがある。
矢代のお言葉に甘え、電話を手にとった。
笹原 崇。
26歳。
とある企業の営業課にいる。
仕事はやり甲斐があり好きだが、今日は朝から身体が重い。
特に朝はボーッとしていて、矢代の話もなんとなくしか覚えていなかった。
矢代は1月にうちの支店に転勤してきた同期。
矢代香苗。
企画課でバリバリの仕事をしている。
この支店にきて2ヶ月。
サバサバした性格と、人見知りしない人懐っこさで、最早何年もいるかのような存在だ。
全ての電話を終え、ひと段落した頃には20分が経過していた。
恐るべし矢代。
今から行けば時間ぴったりだ。
そう思いながら矢代が置いていた書類に手を伸ばす。
その時、後ろから声がした。