昔の恋人-9
スーパー近くの居酒屋に到着した。
営業時間が始まったばかりということもあり、まだ人も少ない。
矢代が店の入り口すぐの所で待っていた。
「矢代、悪かった。大輔さんが謝ってたよ。」
「ううん、大丈夫。笹原、体調は?むしろごめんね。」
「いや、大丈夫。で、どうなの?」
俺の質問に矢代は苦笑いで説明してくれた。
「うーん…大輔さんちょっとひいてるよ。会社の受付にいる人らしいんだけど、スーパーでばったり会ったんだって。で、飲みましょうって押し切られて。ぐいぐい攻める、押しの強い感じの女の子。はっきり言って冴木先輩とは逆のタイプかな。顔は可愛いんだけど、ちょっとね…でも、笹原は好みの顔だと思うよ?」
「いや、俺のことはいいから…。
そうか、由梨さんとは逆のタイプか。大輔さん、結局由梨さんが好きだからな…」
テーブルの方に向かう。
「ありがとな、矢代。ま、多分今回も諦めて終わるな。」
「え、何で?」
「勘。」
そう言ったとこで、テーブルに到着する。
簾をあげると、俺は思わず止まってしまった。
綺麗に巻かれた髪。
バッチリメイク。
綺麗に揃えられたネイルに、手入れのされた手。
昨日、信号待ちで見かけた女の子がそこにいた。
矢代が奥に座り、その隣にとりあえず座って名前を言う。
「どうも、里見さんの後輩の笹原崇といいます。」
「あ、はじめましてぇ。椎名桃香といいまぁす。」
笑顔は可愛い。
確かに可愛いが、なんとも猫被りな声が堪らなく嫌いだ。
俺の一目惚れは無残に砕け散った。
それからは酷いものだった。
俺や矢代の話は聞きはしない。
大輔さんの話は聞くが、自分のことにいつのまにかすり替えている。
矢代曰く大輔さんへのボディタッチが異常だそうだ。
1時間経ったころ、椎名さんがトイレに立った。
「矢代ちゃん、崇、マジごめん!」
大輔さんがすぐに謝った。
俺も矢代も思わず笑ってしまう。
「いや、大輔さんのひき具合に笑わせてもらってます。」
「いや、ちょっと困ってるんだよ。」
「わかりますよ、好きな人いるって言ってないんですか?」
俺の質問に、大輔さんがため息をつく。
「いや、言ったらさ、じゃあ付き合うまで一緒に遊んでくださいよ、その間に私のこと好きになってもらえればいいですから。って。」
…。
ため息をつく理由もわかる。
矢代は口があいている。
恐るべし椎名。