昔の恋人-8
それからすぐだった。
お医者さんが出て来て、説明してくれた。
どちらも細かい検査次第だが、今のところ大事には至らないという。
彼女の方はすり傷と打撲。
元カレの方は同じくすり傷と打撲、あと何ヶ所か骨折があるようだが、命に別条はないという。
2人とも巻き込んで悪かったと矢代の心配をしていたという。
それを聞くと矢代は安心したのか、その場で泣き崩れてしまった。
後日、矢代は2人のお見舞いに行った。
俺も病院まではついて行ったが、別の場所で待っていた。
戻ってきた矢代は2人から謝られたこと、そして自分は恨んでもないし、怒ってもないと伝えてきたという。
ついてきてくれてありがとう。
矢代は笑って言ってくれた。
ここ最近ずっと矢代は元気がなかった。
目の前で知り合いが事故にあったのだから当たり前だが。
でも、この見舞いを境に切り替えをしたみたいだ。
帰りのタクシーの中で、矢代は小さな声で歌っていた。
あの歌は多分、思い出の歌なんだと思う。
何故か俺が割り込める雰囲気ではなかった。
俺は矢代の手もつなげずに、ただ、その歌を聴いていた。
ーーーーー
思い出して切なくなった。
自分の非力さを悔やむ。
嫌な予感がして、シャワーを止める。
浴室を出ると、携帯を手に取る。
着信が1件ある。
慌てて確認すると、大学の先輩からだった。
着替え終わって携帯を再び手に取り、画面を開いた瞬間、矢代から電話があった。
慌てて通話ボタンを押す。
「もしもしっ?!」
聞こえてきたのは明るい声だった。
「あ、笹原?今ね、里見さんと一緒にいるんだけど。」
「…は?」
里見さん。
里見大輔さん。
さっき着信があった大学の先輩だ。
大学の先輩だから、会社の冴木由梨さんとも知り合い。
仕事場も近く、家も近所のため、よく飯とか一緒にさせてもらう。
矢代は付き合っている頃に、大輔さんとよく一緒に飲んでいた。
「さっきスーパーに生姜を買いにきたら、里見さんとばったり会って、声かけられたんだけど…ちょっと訳ありっぽいの。」
「は…?」
「でね…笹原今から出てこれない?風邪大丈夫?」
…。
なるほど。
あの大輔さんが訳ありとわかるほど困っているらしい。
しかも、俺経由でしか知らない矢代に声をかけるほど。
しかも、気を遣う矢代が風邪をひいてる俺に出てこいというくらいだしな。
「大丈夫。今から行く。矢代、巻き込んで悪いな。行くまで頑張ってくれ。」
電話を切り、急いで出掛ける準備をする。
家を出ると大輔さんにメールした。