春の嵐-3
さて、ここで浩一は初めて思い立つのだった。
どうしてあの人に返せばよいのだろう?
いきなり訪問して、下着が落ちてましたよっていうのもお互いに気まずい。
たまたま顔を合わせた時を待って、下着をなくしませんでしたか?
それも何だか当然の事をしていて、差し出がましい…
女の下着とはこんなにも扱いが難しい物だったのか。
そういう物に対して、馴染みのない浩一には無理もない事だったのかも知れない。
そうこうしてるうちに例の美人とマンションの入口で出くわした。
彼女は集合ポストをチェックして、エレベーターへと乗り込もうとしている。
とるもとりあえず彼女を追った。
「あっ、ちょっと…」
浩一が追いかける声も届かなかったか彼女はエレベーターのドアを閉めて逃げるように階上に上がってしまった。
「何だよあの女は…
ちょっとばかり美人だからって、神経過敏にも程があるんじゃないか?」
浩一のここ数日の思いはエレベーターのドアガラスから覗く、その内側のように暗い空間の中に何かがズルズルと鈍い音を立てているだけになってしまったのだった。
それからまた幾日か過ぎた時だった。
時間は夜の10時か11時ぐらいになる頃、浩一の部屋のチャイムが鳴った。
こんな時間に訪れる客に心当たりはない。
玄関を開けると例の美人が倒れ込んできた。
ドアにもたれて呼び鈴を鳴らし、手にはなぜか片方だけ靴を持っている。
「ねぇ、あんたってば…
アタシの下着を返しなさいよ。」
かなり酔っている。
あの冷たい過敏症の女とは別人のようにさえ思えた。
玄関先で女に下着を返せと叫ばれてはいくらなんでも人聞きが悪い。
それに惰性とはいえ、女は半ば強引に部屋の中に踏み込んでいる。
とりあえず女を部屋の中に入れてドアを閉め、紙バックに入れたままあの夜から目もくれなかった下着を手渡そうと奥に入った。
「ちょ、ちょ…ちょっとぉ…
おトイレ貸してよぉ。」
おそらくこの建家の間取りはみんな同じようにできている。
わざわざ案内するまでもない事だと部屋の中で空虚な時間を待った。
ところが30分も経とうとするのに彼女は一向にトイレから出てこなかった。
いくらなんでも様子がおかしい。
「大丈夫ですか?」
自分の部屋のトイレをノックしてみたが返事もない。
いつまでも放置しておくわけにもいかないし、ドアを開けてみたら女はトイレの中で器用に体を縮めて眠りこけているのだった。
どちらが先だったか知る由もない事だがあたり一面に嘔吐して、その上トイレも間に合わなかったようだった。
さらにそれを自分で処理しようとしたのかペーパーを散らかしたまま力尽きていたのだ。
靴はなぜか片方だけ履いていた。
ますますをもって放置しておけない。
どうしたものかと思ったけれど、とりあえずトイレから救出して今度は下着の主の洗濯をしなければならないと考えついた。