〜侵略〜-6
「司令官閣下、お別れの時が参りました」
「‥将軍」
将軍の顔には、いつもの峻厳たるものではなく、誇らしげな微笑が浮かんでいた。
「我々が最後の出撃を持って、退避の時間を稼ぎます。どうか、存続の為の礎となることをお許しください」
その瞳に浮かぶ決意を見る間でもなく、生還を望んでないことは明らかだった。説得は無用と悟り、司令官は彼の気持ちに応えるべく、敬礼を返した。
「頼んだぞ」
「はっ!貴方のもとで戦えたことを、生涯誇りに思います」
将軍は背を向けるや声高に叫ぶ。
「戦えるものは我に続け、奴らに我らの意地を見せてやるのだ!」
号令一下、死線を共に潜り抜けた将校達は、己が持ち場へと走り出す。
「待ちたまえ将軍、私も行こう」
駆け出そうとする将軍に、参謀長官が歩み寄る。すでに階級章の付いた上着を脱ぎ捨て、拳銃に弾を装填していた。
「貴様何をやっとる、さっさと退避せんか」
「今、戦えるものは我に続け、と言ったであろう。私とて軍人だ、戦えるとも」
「ならん、貴様は軍部に必要だ。命を張るのは我々だけで十分だ」
「すでに軍部は機能しておらぬ。ならば少しでも皆が逃げおおせるため、防波堤となる者が必要であろう。それに‥」
淡々とした口調の陰に、深い決意が漲っているのを将軍は感じ取っていた。
「‥妻も子も、巣ごと奴らに殺された。私にも、奴らに見せつけるだけの意地がある」
返す言葉もなく将軍は押し黙った。
「ならば、ついでにこの老体も御一緒させてもらおうかの」
思わぬ声の主に、将軍は再び驚かされた。生態研究学者の老教授は、将軍が何か言う前にまくし立てる。
「わしは足を痛めておる。退避組に同行すれば、足を引っ張るのは目に見えとる。それに若い頃は北極大陸で軍役に服してもおった。これでも機銃ぐらいは撃てるぞ」
呆れ顔の参謀長が、しかし、と言い淀む。
「軍籍に身を置いている以上、わしにも覚悟がある。それに逃げるところを撃たれるより、戦って死んだ方がましというものじゃ」
一歩も引く気のない頑固さで、老教授は必至で足を動かし走ろうとする。
「‥全く、ここには愚か者しかおらぬのか、最早何も言わぬ、行くぞ!」
こみ上げてくる涙をこらえ、将軍はようよう口にする。涙を恥とは思わぬが、それを見せることは躊躇われた。
勇敢な二人の軍人を引き連れ、死地へ赴く将軍を見送り、司令官は己が運命をひどく呪った。
部下の前では抑えていた感情を爆発させ、4本の腕で荒々しく机を殴りつけると、怨嗟に満ちた声で敵に呪いの言葉を吐く。
「くそっ、人類め!」
‥西暦2309年 それは人類にとって忘れがたい侵略の年