茉莉花[jasmine]-3
それは「しーくん」という男の子だった。
年は私と同じくらい…
現実の私の事ではなく、ネットの中の「茉莉花」と同じ二十歳過ぎぐらいだろうと思う。
彼は私がブログを立ち上げて以来、ずっと話相手になってくれる。
パソコンの中で私が年齢を錯覚しだしたのは案外、彼らに合わせようとしたのかも知れない。
「しーくん、ありがとう。
私はお尻も大きいけど、腰も足も太いわよ。
またダイエット始めなきゃ(笑)」
デニムを衝動買いした記事を載せたのだった。
もちろん、それも架空のお話しだけど私はそんな記事を書くためだけに若い女の子が読むような雑誌をみたり、実際に若い子のブログを覗いて表現や考え方など観察しながらどうにか茉莉花になりきっていたのだった。
見方によれば哀しい現実だ。
もちろん、誰にも年齢を偽ったつもりはない。
ネットの世界では年齢まで明かす必要はなかったし、本当に流れでそんな設定になってしまったに過ぎないと思っている。
茉莉花はファミレスで働いている設定になっているけれど、このあたりはすべて差し支えない作り話だった。
大学時代、実際にファミレスでアルバイトをした経験を元に話を作る。
お客さんの話、従業員の話…これならば話題に困らない。
そのためか、私は最近よくファミレスに出かけて行って、主人には悪いがひとりランチを外食する事もある。
そうして観察しているのだった。
「茉莉花さんらしい人に会ったよ。
あの子が茉莉花さんだったら美人だね。」
「えっ!?しーくんに見られちゃったの?
美人…じゃあ私じゃないわね(笑)」
何人もの人がどこでバイトしてるのか教えてくれと言うけれど、教えるわけにはいかない。
だって…全部嘘なんだもの。
だけど私はこの「しーくん」にだけは嘘の記事はとりあえずとして身近な事に関する嘘が時々、心苦しかったのだ。
「今度、声かけてみていい?」
「あら、しーくん。
それ、たぶん私じゃないわ。」
そんなやりとりがあった時には胸が高鳴った。
しーくんは見知らぬ女の子を私だと思い込んでいる。
なんとも複雑な気持ちだった。
「しーくん、私に会ってみない?」
「会ってくれるの?会ってみたい!」
どんな気持ちで彼はそう返したのだろう。
その時には私はもうすでに限界だったのだ。
一度だけ「しーくん」に会ってみたら、もう黙ってブログなどやめてしまおうと思っていたのだ。
悪気があって書いた嘘じゃないし、日記は嘘でも私は一度でも自分の年齢を偽って書いた事はない。
そんな思いだったのだ。
「本当はもう結婚もしてるし、おばさんなのよ。
それでも会ってくれるの?」
しーくんの住む場所はどことまでは知らないが近い事は話の流れから知っていた。
だから私はあえて、少し離れた駅で待ち合わせたのだ。
「びっくりしたでしょ?
こんなおばさんだもん。」
しーくんは思ったより若かった。
私よりは若いと思うけど、二十四、五…あるいは三十にかかるぐらいの人かも知れないなんて思ってもいたのだ。
ともかく、若作りの嘘つきは私だけになってしまった。
「茉莉花さんはやっぱり綺麗な人だったね。」
「そんな事言っちゃって…
ごめんなさいね、幻滅させちゃったね。」
「そんな事はないよ。
茉莉花さんに会えて、とってもうれしいんだ。」