異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-13
「……兄上」
呆れを多分に含んだエルヴァースの声に、ジュリアスは我に返る。
「姉上をそんなに心配なされるのでしたら、お迎えに行けばよろしいのではないですか?」
「……そうだな」
無意識のうちに丸めて皺くちゃにしていた羊皮紙を放り捨て、ジュリアスは立ち上がった。
「後を頼む」
兄が部屋を出ていってから、残された弟は本格的に呆れてため息をついた。
六年前、フラウを連れて出奔する前のジュリアスはここまで女に甘い男ではなかった。
大公爵公子として詰め込まれる教育を吸収し、子供世代の中でも群を抜いた頭角を表してその将来性と美貌とで周囲から一目置かれる存在だったのだ。
その行動も次期大公爵に恥じないものを心掛け、エルヴァースにとっては自慢の兄だったのに。
それがまあ、今では彼女の何気ない仕草に顔をとろけさせるは過保護に構うは、一体どこのどちら様ですかと問いただしたくなるような溺愛っぷりだ。
逆に、それが不審でもある。
そこまで尽くさなければ、彼女が逃げてしまうと兄が思っているように感じられるからだ。
彼女の行動を見ている限り、そこまでしなくともちゃんと兄に愛情を捧げている。
そんな中で幸いなのは、耽溺する兄を彼女がちゃんと御している事か。
並の女ならば兄の寵愛を傘にきて、横暴を始める所だろう。
実際、横暴に出られるだけの権力を大公爵家は有している。
リュクティスといい深花といい、きちんと己を律する事のできる女を妻なり婚約者なりの待遇で家に迎え入れる事ができたのは、僥倖としか言いようがない。
エルヴァースは、兄とそっくりな仕草で窓の外を見遣る。
茜の色が濃くなり始めた空は、厚い雨雲が差し始めていた。
それはまるで今では義姉とも慕う彼女の身の行く末を暗示するようで、思わず身震いする。
「……早く、帰ってきて下さい」
ドアノッカーを叩くより先に、後ろから声をかけられた。
振り向けばそこに、買い出してきた食料を抱えた執事が立っている。
ジュリアスは、訪問の目的を告げた。
「彼女は俺の婚約者で、女主人は俺が最初の客だ。こう言えば、俺の正体は分かるな?」
執事は頷いてみせると、玄関ドアを開けた。
「こちらへどうぞ」
執事の案内に従い、ジュリアスは歩みを進める。
廊下の突き当たりにある白く塗られた両開きのドアが、メナファの生活を隔てる仕切りだ。
「お客様と主人は、ご一緒のはず……」
ドアを開けた執事は、驚いて言葉を切る。
続き部屋の寝室から響く嬌声は、聞いた事のない女のものだ。
「っあ……!嫌、こんな……!」
執事にとっては聞いた事のない声でも、ジュリアスにとっては聞き慣れた喘ぎ声だ。
冷水を浴びせられたような気分になり、思わず髪を掻きむしる。
「……おい」
執事に声をかけ、ジュリアスは言った。
「相手は女だ。殴りそうになったら、止めてくれ」
「……はい」
頭を振って冷静を取り戻す努力をしてから、彼は寝室のドアを開ける。
目に飛び込んできたのは、褥の中で絡む裸体が二つ。
組み敷かれた方は眉を八の字に歪め、ふるふると首を振っている。
その手足がだらりと垂れて力が入っていない事から、薬か何かで自由を奪われていると察せられた。
組み敷いた方は妖しい笑みを浮かべ、指で女の秘部を掻き混ぜている。