異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-12
体が変だと自覚するのに、さほどの時間はかからなかった。
子宮にずんとくる、重い感覚。
「あ、の……」
とろけるような指先はそっと肩にかかり、うつ伏せの姿勢を仰向けにした。
「あっ」
「恐がる事はございませんわ。お体のコリをほぐして、リラックスするためのマッサージですもの」
メナファはオイルを乳房に垂らし、塗り広げる。
「待って下さ……あぅっ」
ぬめる乳首をつままれ、深花は小さくのけ反った。
「あぁ……いや……」
ふるふると首を振るも体に力は入らず、両の乳首はメナファによってしこり立たされる。
くすくす笑いが、メナファの唇から漏れた。
「敏感でいらっしゃるのね……ジュリアス様が執着なさるだけの事はおありですわ」
メナファは顔を近づけ、べろりと深花の頬を舐める。
「メナファさ……」
その瞳に怯えが浮かぶのを見て、メナファは首をかしげる。
「教わりませんでしたの?世間は、あなたに好意的な人間ばかりでない事を」
「い……いや……!」
身じろぎするが、体は動かない。
「私は、あなた様が羨ましくてたまりませんのよ?あの方に結婚を決意させるほど愛されて……背中をご覧になりまして?キスマークが散らばって、すごく卑猥ですのよ?」
「キスマ……」
昨夜の諸々を、深花は思い出す。
頭のてっぺんから足の爪先まで、ジュリアスに味わわれなかった個所はない。
背中は骨のラインに沿って何度も舐められたし、うなじから腰に至るまで何度も唇を付けられた。
その時、どさくさに紛れてキスマークを仕込んだのだろう。
「私はもとより、ジュリアス様に嫁ぐ事を夢見ていた貴族令嬢は星の数ほど。あなた様はその方々から受ける嫉妬を目の当たりにして、怖じけづかない覚悟はおありですの?」
口は動くが体の動かない深花の瞳に広がっていた怯えが、消えた。
「あります」
声は短く、決意は固い。
「私は彼を支え、愛していくと彼に誓いました。彼が秘めている脆さも含めて、私は彼が愛おしい。私しか欲しくないと言ってくれたジュリアスを裏切る事も、嫌がらせに負けて彼を捨てる事もありえません」
「……お強い方」
メナファの眉が歪んで、一瞬だが泣き笑いの表情になる。
「……どうして、こんな事を?」
こんな状況なのに、優しく深花は尋ねた。
「この匂い、ようやく思い出した……どうしてリステュルティカの木の根なんかを混ぜて焚いているんです?」
あの時ティトーに預けた記憶はそのままバランフォルシュが預かる形になってしまい、深花自身にクゥエルダイドの犯行の一部始終の記憶はない。
それでも、漏れ出てきた単語のいくつかは覚えていた。
「……申し上げましたわ。あなた様が羨ましい……ジュリアス様から、掠め取ってしまいたいほど」
ついっと顔が近づいて、唇が奪われた。
「……相当な覚悟がおありなんですね」
唇が離れると、深花はそう呟いた。
自分を害するなら、実の弟に暴力を振るう事すら躊躇わない男だ。
この事が知れたら、彼女に何をするか知れたものではない。
「……覚悟がなければ、婚約者のいる女性にこのような真似はいたしませんわ。どこまで堪えられるか、楽しみにしておりますわね」
首をかしげて、ジュリアスは窓の外を見た。
陽の傾きは進み、少しずつ夕暮れの足音が聞こえて来ていた。
「……」
深花の帰りが、遅すぎる。
早く帰ってきて欲しい。
ただいまと言って笑顔を浮かべるその体を抱き締め、優しく口づけて無事を確かめたい。
恥ずかしがる彼女を抱えて一緒に風呂に入るのもいいし、家族で夕食を摂るのも楽しいだろう。