C-1
「先生!」
田植え休みを迎えた日曜の朝。雛子の家の玄関を強く叩く者があった。
「うわッ!」
雛子は、朝食の箸を止めて玄関へと駆け寄る。
扉を開けると、軍手に手拭いを持った哲也が立っていた。
「おはよう、先生!」
弾んだ声と笑顔。雛子も、自然と顔がほころぶ。
いよいよ、昨夜の決意を実行する日だ。
「ごめん!直ぐに用意するから、上がって待ってて」
「わかった!」
とりあえず哲也にちゃぶ台の前で待ってもらい、急いで支度に取りかかる。
手早く洗面を済ませ、納戸で寝間着を脱いだ。
待ってる間、哲也は立ち上がって部屋の中を見回していた。
ここに座ったのは2度目だが、1度目は緊張からよく覚えていない。
何より、雛子がどんな暮らしぶりなんだろうという、好奇心が頭をもたげた。
その時、奥の納戸の戸が開いた。
「ごめん、ごめん。お待たせ」
野良着に手拭いを被った雛子が現れる。
「あれ…?」
しかし、茶の間にいるはずの哲也の姿が見当たらない。
「哲也くーーん!何処ぉ」
雛子が茶の間の向こう、台所を覗くと、散策中の哲也がいた。
「どうしたの?」
「うわ!」
「お、おっきな声出さないでよ…びっくりした」
「ご、ごめん」
雛子が訊ねた。
「何をしてたの?」
「いや…先生の家って、どんなんかなあって」
視線を合わせない哲也。まるで、悪戯が見つかった子供のように。
その仕種が、雛子には可愛らしく見えた。
「何にもないから、驚いたでしょう」
「そんなこと…」
子供は正直だ。否定しようとしても、つい、顔に出てしまう。
「まだ、長持ちにしまったままなの。本当は整理しなきゃいけないんだけどね」
「じゃあ、畑作りなんかやってていいの?」
そして、言い難いことにも遠慮がない。突然、痛いところを突かれた雛子は苦笑いとなる。
「だ、大丈夫。長持ちはいつでも整理出来るけど、畑作りは今しかないから」
「わかった!」
なんとか哲也を納得させて、2人は庭に出た。