C-8
「今日までは序ノ口、明日からが本番だよ」
「えっ?」
「明日は、畑に使う土を山に採りに行くから」
「ええっ!や、山に」
予定を聞かされ、雛子は驚きを隠せない。
「これで畦を作るんじゃないの?」
「違うよ。黒土に作物を植えても、育たないよ。ちゃんと肥料を入れないと」
「それで、畑に必要な土を山から持って来るって、どうやって?」
「このリアカーで運ぶんだ」
「これで!」
この広さに土を入れるとなると、相当な労力だと雛子でさえ解る。
哲也はそれを、2人でやると言ってるのだ。
(そんなこと、最初から解ってたことだ)
なんとか状況を呑み込み、平静さを取り戻した。
「だったら、明日からに備えて身体を労らなきゃ」
「えっ?…」
「だから、今日はここでご飯食べて、お風呂に入るの」
「で、でも…」
「いいから、いいから!」
元気そうに振舞って、遠慮がちな哲也を引きとどめる。
「先に泥まみれの手足を洗いましょう」
「わ、わかったよ…」
雛子は哲也の手を取り、裏にある手洗い場へと向かった。
夜の帳が降りる頃、哲也の母親は家に帰り着いた。
「ただいま…」
扉を引いた。長く経った扉は建てつけが悪く、ガタガタと引っ掛かって開け難い。
母親は、慣れた手で扉を開けて、中に1歩入った。
「母ちゃん!」
すると、茶の間から哲也が飛び出して来たではないか。
「なんだ!びっくりさせるな」
「それより、先生が母ちゃんを待ってるんだ!」
最初の驚きは何処に消えた。それよりも、息子の言ってることが気にかかった。
「先生様が、なしてわしを?」
「いいから!」
「こ、これ!」
母親は、何のことだか解らないまま、息子に連れ出された。
「これ、哲也!なしてわしを先生様が待ってんだ?」
「先生が母ちゃんに話があるって」
暗い道中、何度わけを訊いても、哲也はそれ以上は話そうとしない。それが母親を一層不安にさせた。
そうこうしているうちに、学校そばの小高い丘が見えてきた。