C-5
「あらあら、可愛いお顔が台無しね」
母親は、割烹着のポケットに入れた手拭いで、雛子の濡れた顔を拭いてやった。
「お母さんは、軍人さんの肩を持つの!」
信じられないという顔の雛子。対して母親は、変わらず笑みを浮かべてる。
「雛子がやってる薙刀は、敵が攻めてきた時に、自分を守るためのものでしょう?」
「…うん。そう教えられた」
「もし、薙刀が使いこなせなかったら、逆に殺されたりするのよ」
「あ…」
どうやら、母親の言わんとすることが解ったようだ。
「生半可なことじゃ自分を守れない。一生懸命にやれって言ってるんだとお母さんは思う」
「……」
「軍人さんはね。雛子たちに、自分の身は自分で守れるように厳しく叱ってくれてるのよ」
立場が違えば考え方も変わる。それも解らず、主観だけで人を判断すべきでない。
母親から言われた初めての訓示だった。
(…お母さん…)
眠りに落ちそうな雛子を、誰かが揺すっていた。
「先生!寝ちゃだめだって」
哲也だった。
用事を済ませて戻ってみると、雛子がそのままいたから、起こしているのだ。
「ほら!起きなって」
「…あ…ああ?」
「やっと起きた…」
ようやく目を開けた雛子。
「…眩しい」
裸電球の光が、目に刺さる。起き上がろうとするが、身体のあちこちが痛い。
「アイタタ…」
「先生、寝ちゃだめだって言ったじゃない」
「今、何時?」
「5時半だよ」
茶の間に運ばれたのが5時過ぎだったから、20分位眠っていたようだ。
(…ずいぶん寝てたみたいだった)
母親との出来事が鮮明だったのだろう。つい、感傷に浸っていた。
しかし、哲也は、そんな雛子に呆れてしまった。
「先生、いい加減に起きてよ」
「ご、ごめんなさい」
強い口調に、慌てて反応する。
「僕、そろそろ帰るから」
「えっ!」
思いもよらぬ言葉に、雛子は正気に戻った。
「ち、ちょっと待って!晩ごはんは?それにお風呂も入ってってよ」
引き止めようとするが、哲也は首を横に振った。