C-10
「こっちに、座って下さい!」
雛子は上座に招こうとしたが、母親は入口の端に座って動こうとしない。
「先生…」
母親は静かに言った。
「なしてこげな真似を?わしとこが貧乏じゃから、施しか」
「母ちゃん!先生にそんな…」
「哲也。おまえは黙っちょれ」
母親の気概に、雛子は表情を強張らせる。
しかし、ここで退くわけにはいかない。自分の思いを、解ってもらわねば。
「早川さん…」
雛子は、母親の正面に座った。
「わたしのやってる事は、施しかも知れません。
哲也くんにお昼を与えて、今日はお母さんも、晩ごはんにお誘いしました」
言い出しに、母親ばかりか哲也も目を見開いた。
「でも、こうは考えられませんか?畑作りもそうですが、色んなことを早川さんに教えて頂きたいんです。それに…」
雛子は、眼に力を込めた。
「…わたしの、友人になってもらいたいんです」
「ゆ、友人って…おめえ」
「わたしは、この村に赴任してまだふた月足らずです。当然、友人なんていません。
でも、先生としてだけで、此処に居るなんて嫌なんです。
たくさんの方と、付き合いたいんです」
思いもよらぬ告白に、母親は度肝を抜いた。
最初見た時は、おどおどとした小心者に思えたのが、今の堂々とした態度は別人のようだ。
「…気持ちは嬉しいだども」
母親は、俯いてしまった。
「わしなんか相手してたら、変な噂が…」
自分たち親子が、村でどう思われているのか、解っているのだろう。
しかし、雛子は、それが誤解であることを知っていた。
「そんなことありません!わたし、椎葉さんから聞きました」
「助役さんに?」
それは家庭訪問に行った時のことだ。
雛子と哲也の仲が良いのをやっかんだ椎葉の息子、和美によって学級が不穏になった。
雛子は、椎葉から苦情を言われると覚悟していたが、そうはならなかった。
その時、椎葉の口から早川親子の事を聞かされたのだ。
「椎葉さんは言ってました。“村の者は、太田原には逆らえない。だが、みんな早川さんが不憫だと思ってる”って」
「…そげな」
雛子は、哲也を見た。
「哲也くんが教室を飛び出した後、大くんや公子ちゃん、佳乃ちゃん逹が言ってたわ。
“哲也くんは、自分たちの仲間”だって」
聞かされた真実に、母親は驚き、哲也は涙を流した。
互いが気遣ったすれ違い。それが誤解を招いたことを初めて知った。
「ぐ…う…うう…」
むせび泣く声。ただ、あの日に流した悔し泣きではない。
母親は、そんな息子の背中をさすっていた。
2人の姿に、雛子ももらい泣きしそうになる。
「…と、とりあえず、ごはんにしましょうか?」
「ああ、ありがとう。ありがとう…」
当初の時刻よりかなり遅れたが、3人での晩ごはんが始まった。