やっぱすっきゃねん!VQ-1
一哉が、野球部への援助金を寄付した翌朝、昨日からの雨はあがり、グランドを清んだ空気が包んでいた。
整列する野球部員60名あまり。目の当たりにした永井は、身震いを覚えた。
雄々しい眼が、彼を見つめていた。
これまでとは違う。全国大会が届きそうになったことが、彼らを闘者に仕立て上げていた。
「…先発メンバーを発表する」
永井は、少し緊張した面持ちで、ベンチ入りメンバーを記した紙に目を落とす。
「1番サード乾…2番レフト足立…」
誰もが1度は名を呼ばれたいと思うのだが、それが叶うのは真に力のある者のみ。
そんな張りつめた雰囲気の中なのに、ひとり佳代だけは別の事を望んでいた。
(どうか選ばれませんように…)
今の彼女にとって、ベンチ入りするのは、苦痛以外の何物でもない。
「…16番澤田」
しかし、そんな思いも永井には届かない。
(…ああ、まただ)
自分の名前が呼ばれた途端、佳代は力無く俯いた。
(試合に選ばれたって、何も出来ないのに…)
永井も葛城も、復帰を期待して選んでくれているのは解ってる。でも、今の自分では気持ちに応えるのは無理だ。
それが余計に情けなくて堪らない。いっそ、辞められればと考えるが、心の中にある“もうひとつの思い”がそれを許さない。
「ヨシ!それじゃ時間までアップにかかれ」
永井の号令の下、部員逹は列をなしてグランドを走り出した。
(今のわたしには、走る事ぐらいしか出来ない)
佳代は思いを一旦、胸にしまい込んだ。
グランドを走り終えて、呼吸を整えている佳代に誰かが近づいてきた。
「どうしたんだ?」
直也だった。
「なにが?」
「なんで、そんな落ち込んだ顔してる?」
このところの変化に気づいたのだろう。
「役に立てないのに試合に出たって…」
佳代はつい、本音を漏らしてしまった。
「どうしたらいいと思う?わたし」
すがるような眼をしていた。
(弱気な発言は今までもあったが、今回のは特別だな…)
直也は、「なんだそんなことかよ!」と笑いだした。
「心配すんな!オレ逹は必ず勝ってやるから。
今、おまえに出来ることは、次の機会に備えて準備することだ」
「直也…」
「その代わり、治ったらイヤってほど投げてもらうからな。覚悟しとけ!」
直也らしい励まし。今の佳代にとっては嬉しいエールなのだが、つい、いつもの口撃に出てしまう。
「分かってるよ、そんなこと。アンタの出番なんか無いくらい投げてやる!」
負けん気の強い顔を見た直也は一転、優しい顔になった。
「その意気だ…それより、アップ続けるぞ」
「うん!」
2人は、対面でストレッチに取りかかった。