やっぱすっきゃねん!VQ-9
ボールは、前の2球よりさらに内側。バッターはやや、身体を引いた。
だが、ボールは手前から外へと変化し、ホーム上の一角をかすめて達也のミットに収まった。
バッターは唖然とした。インスラ(内角のスライダー)なぞ、初めて見たからだ。
近年、プロでは普通に使われてる球種だが、打つにはそれなりの技術はもちろん、向かってくるボールへの恐怖心を制さねばならない。
「ワンアウトー!」
結局、大谷西中の攻撃は、5番を三振、6番はショートゴロで3者凡退に終わった。
ベンチに戻る直也の肩を、達也がポンと叩く。
「相手バッターの顔見たか?」
「ああ、初めてで不安だったけど…」
2人は、地区大会終了と同時に、全国大会にむけたさらなるレベルアップを試みた。
それが、実戦で使える目処がついたことで、安堵と共に自信が沸き上がる。
「今日はもちろん、明日の決勝の武器になるな!」
達也は、直也の興奮気味な様子を見て、釘を指すのを忘れない。
「先ずは、この試合を制すること。その先は、今はいらない」
「あ、当たり前だ」
バツの悪そうな顔の直也。甘さをずばり指摘されたのが、堪えたようだ。
ベンチに戻り、腰かけると下を向いてしまった。
「まだまだ…だな」
1人、至らなさを猛省していると、稲森省吾がやってきた。
「調子いいじゃねえか」
手には、タオルとスポーツドリンクの入ったカップを持っている。
「すまん」
直也は、タオルで汗を拭い、カップの中身を一気に飲み干した。
「どうした?調子いいのに、落ち込んで」
「何でもねえよ」
ぞんざいな返し。だが、省吾の方は気にした風もない。
「7回まで抑えてくれれば、後はオレと淳が…」
「うるせえよ」
そんな態度が、直也の苛立ちを助長する。
「直也…?」
「7回じゃねえ!おまえと淳を休ませるため、今日は最後までオレ1人だ」
自分への歯がゆさなのに、ひとに当たってしまう情けなさ。
直也はもう1度、己を強く戒めた。
2回裏、青葉中の攻撃は4番達也、5番加賀、6番直也の好打順だ。
先頭達也は、ベースから少し離れて打席に入った。
肩幅より少し広いスタンス。右肘を張り、バットを長く持つ構え。
キャッチャーは、じっくり観察してからサインを送った。
初球は外にカーブだったが、低くなり過ぎてボールになった。
キャッチャーはよく、打ち取る球種を予めいくつか決めておき、そこから逆算して配球を組み立てたりするのだが、その初球がズレてしまうと、その後の配球にも影響してくる。