やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑱-10
初球を外したことで、キャッチャーは配球を見直した。次のサインは、内角のストレートだった。
ピッチャーの左足が上がった。しなりを感じさせない腕の振りで、２球目を投げた。
達也は、腕の振りを見た途端、左足をステップさせただけで動きを止めた。
ボールは、内角の甘いコースからシュート回転して、ベース上を外れた。
キャッチャーは戸惑う。てっきりストレート狙いと思ってたのが、反応さえしない。
正直、どう責めればいいのか、考えあぐねてしまう。
ただ、カウントは２ボール。３ボールにするわけにはいかない。キャッチャーは、ストライクを意識してサインを出した。
ピッチャーは、そのサインに従って３球目を投げた。
緩いカーブがきた。
達也は、これを待っていた。左足を右へ踏み込み、バットを強く振った。
インパクトの瞬間、右肩を強く押し込む。
キン！──
乾いた金属音を残し、鋭い打球がセカンドの頭上を越えた。
待望のランナーが、ノーアウトで出た。
にわかに、３塁側スタンドが騒がしくなった。
加賀は、ネクストからベンチを見る。永井から、サインが送られた。
（バント…）
打席に入った加賀は、最初からバントの構えをとった。合わせて達也も、リードをとる。
ピッチャーが初球を投じた。同時に、サードとファーストが、ホームに向かって猛ダッシュする。
加賀はバットを引いた。サードとファースト、それにピッチャーまでもが、目の前に迫っていた。
（厳しいな）
鉄壁なバント守備に躊躇う加賀は、再びベンチを伺う。しかし、永井の指示は変わらない。
ピッチャーがセットに構えた。サードもファーストも、予めベースより前に守っている。
（どうすりゃ…）
加賀は、気持ちを集中できぬままバットを構えた。
ピッチャーの左足が、前方へと伸びる。合わせて、サードとファーストがダッシュした。
ランナーの達也も、ベースからさらにリードを取った。
素早い動きからボールを投げた。ストレートが内角に向かってきた。
加賀は、バットの面を１塁側に向ける。ファーストに取らせて、バントを成功させようと。
ところが、ボールはシュート回転したことでバットの角度が変わり、３塁側に転がってしまった。
ボールはサードの正面。加賀は慌てて１塁へとダッシュする。
サードはボールを素手で掴むと、躊躇なくショートへと送球した。２塁上でボールを捕ったショートは、セカンドがカバーする１塁に投げた。
身体をいっぱいに伸ばしたセカンドのグラブに、ボールが収まった。が、一瞬早く、加賀の足が１塁を駆け抜けていた。
「ハァ、ハァ…あぶな…」
命拾いした加賀。１塁に戻りながら、あることが悔しくて堪らない。