パワフル奥さま-4
雑司ヶ谷(ぞうしがや)、もとい旧名石本加奈(いしもとかな)は夫をむんずと振り上げた。
そして、天空に向かって投げた。
さっきの自転車とは違いしっかり腰を入れて投げた。
体にかかる重力に潰されそうになったが、加奈の怪力はそんなものにも屈さず、俺を空に押し上げていく。
「いやぁああああぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
神様、もしいるのならば、どうか来世では加奈から怪力を取り上げて下さい。
普通の女の子としてまた巡り合わせて下さい。この際もう現世では諦めますから。
「ぐべあ!!」
直線かと思ったが斜め上に投げられたらしく、ドアの前に落ちた。
激痛のあまり身動きがとれず、なんとか首を上げたら見慣れた表札が掛かっていた。
これは同棲するのを決めた時、加奈が板を手刀で割りながら作った物だ。
しばらくして加奈がやってきて、ちゃんと待ってたんだね、いい子だねと頭を撫でてくれた。
俺は微笑みながらナイスコントロールと誉めてやった。
生きてるよな、俺。良かった、加奈の手の温もりを感じる。
「もうご飯出来てるよ。作ってから迎えに行ったの」
「エプロンくらい外せよ」
「だってひろくんが心配だったんだもん」
ふうん、そうなの。
心配な人を投げ飛ばしたりするんだこの妻は。
しかもエレベーターがなかなか来ないからという理由で。
「悪い、肩貸してくれ。1人じゃ歩けない」
「はーい」
身長差のせいで歩きづらかったが、なんとか帰宅できた。
いつにも増して今日は体がボロボロだな。早く飯を食って風呂に入り、寝たい。
「おー、うまそー」
テーブルに並ぶ料理に思わず感嘆の声をあげてしまう。
加奈は家事も力が入りすぎる事はしばしばなんだが、料理だけは人並み以上に出来る。
和食、洋食、中華、店で出る一通りのメニューは難なく作れてしまう。
ぶっちゃけそれが結婚に踏み切った理由かもしれない。本人に言ったら落ち込むから、止めておくけど。
落ち込まなくてもわざわざ伝える必要も無いかな。
「旨い!」
「でしょ。自信あるんだ、シチューは!」
言うだけの事はあるな。
もう外のものなんて食べられない。加奈の料理の足元にも及ばないから、わざわざ金を出してまで食べたくなくなってしまった。
その分浮くかと思ったが、治療費がかさむ様になってしまったのでプラマイゼロか。
いや、マイナスかも。