パワフル奥さま-2
病院から出たところで、見覚えのある顔を横断歩道の向こうに見つけた。
見間違えかと思ったが、あのグリーンのエプロンはお気に入りの物だ。
間違いなく我が妻、雑司ヶ谷加奈(ぞうしがやかな)である。
いかん、気付かれたら大変な事態を招いてしまう。
鞄で顔を隠そうとしたその時・・・
「あっ、ひろくん!」
しまった!気付かれた!
そのまま走りだそうとする妻の加奈を、声を出して制した。
「やめろ加奈!来るな、交通事故・・・!」
しかし、加奈は夫の声をこれっぽっちも聞いていなかった。
見た目だけでなく行動まで小学生そのものである。
まるで親を見つけた子供のごとく、一直線に向かってきた。
彼女の視界は恐らく、針の穴よりは広いだろう。だがせいぜいテニスボールくらいではないだろうか。
だって、横から迫ってくる大型のトラックに気付いていないんだから。
「止まれ加奈!すぐ傍に地獄の門がある!」
「えー?なにひろくん、うるさくて聞こえないよー!」
そうだった、この子馬鹿だったんだよな。
見たらすぐ分かるんだが、目を閉じても車の行き交う音のうるささでも交通量の多さはわかるはずだ。
視覚と聴覚、2つの感覚を以てしてもすぐ近くに死の世界があるのを分からないとは・・・
「加奈ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
トラックが加奈の体を吹き飛ばした。
無惨に空中を舞い、アスファルトに叩きつけられる小さな体。
ここは泣くところだ。
我が妻が普通の人間であるのだったら。
「いったぁーい。あは、転んじゃった」
しかし間髪入れずに起き上がり、舌を出して恥ずかしそうに笑っている。
俺は今更驚きなどしないが、出てきたトラックの運転手は腰を抜かしていた。
行き交う車も次々にその場に停まり、ドライバー達は平然としている加奈を見て言葉を失っていた。
だから、見送りに来るのはやめろと言ったんだ・・・
「ひろくん、肩どうだった?」
ポンポン、と笑顔で俺の右肩を叩く加奈。
「痛いって」
「え、まだ外れたままなの?」
「いや、もう入れてもらったよ。でも筋を痛めたんだぞ、簡単には治らないよ」
「そっかぁ・・・ごめん、つい力が入っちゃって・・・」
天真爛漫な笑顔から一転し、表情が翳る。
無邪気故に勝負事には直向きなのが加奈のいいところでもある。
周りが見えなくない部分に拍車がかかるのも、なかなか小さくない欠点だが・・・