異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-1
生誕節。
四精霊が生まれ落ちた日を祝い、親しい人間と過ごす事が望ましいとされる両世界に共通する日だ。
期間は年明け前の最後の月がほぼまるごと充てられ、この期間中はいかなる理由があろうとも休戦となるしそれが破られた事はない。
そんな一年ぶりの長期休暇に浮き立つ基地内で、引っ越しが行われていた。
引退して娘夫婦と同居する事になったという老軍曹夫婦が引き払った家に、とあるカップルが入居した。
長年住んでいた夫人は几帳面な性格だったらしく、経年による致し方ない劣化を差し引いても室内は綺麗に掃除されている。
仲間の手も借りて家具を運び入れる前に、女は家の中を見て回っていた。
「わー、意外と広いねぇ」
感心した声を上げた女は、寝室に飛び込んだ。
そこにあるのは、先に運び込まれていた男が使用している大きなベッドが一つ。
「……」
何となく気恥ずかしくなって、女は寝室を出た。
廊下では、男が女を待っていた。
これから、この男と共に暮らす。
「あ……」
気恥ずかしさの抜けない女は、思わず逃げ出した。
「こ、こっちは何の部屋?」
隣室に飛び込む前に男が呼び止めてくる声が聞こえたが、つい聞こえないふりをしてしまう。
「おい」
「ちょっと狭いね。物置にいいかな〜?」
「……おい」
「そっちは?あ、お風呂場かぁ」
「こら」
男の前を通り過ぎようとしたが、その腕に捕らえられてしまった。
「無視すんじゃねえよ」
「う……」
耳の近くで聞こえる声に、女は肩をひくつかせる。
「ついでに、照れ癖も直せ」
男は、女の顔を覗き込んだ。
抱きしめただけで、その頬は真っ赤に染まっている。
「いや、だって……」
口の中でもごもご呟きながら、女はうつむいた。
未だに、信じられないのだ。
いがみ合い反発しあっていたこの男と、まさか恋人などという間柄になった事が。
しかもそういう関係になったからにはお前のように平和ボケして他者に対する警戒心がまるでない女を一人暮らしさせておけるかと主張され、半ば強引に同棲生活に持ち込まれてしまった。
「家族以外の人と一緒に暮らすのなんて、初めてだし……どうすればいいのか分かんな」
言葉は、途中で塞がれた。
この男との関係で一番変わったのは、頻繁にキスを交わすようになった事か。
キス魔と表現しても過言ではないくらい、ふとした拍子に唇が奪われる。
普段の雑な態度とは裏腹に、唇を触れさせる時は表現のしようがないくらいに優しい。
心臓の鼓動は速まるのに不思議と気分は落ち着いて、唇が離れると女はため息をついた。
自然に絡まった視線が、自分に対する愛情を伝えてくる。
それが恥ずかしくて嬉しくて、女は男に抱き着いて言葉にできない想いを表す。
外から自分達を呼ぶ声が聞こえたため、二人は名残惜しく思いながら体を引き剥がした。
「あ……」
玄関へ行こうと体を反転させた女は、再び男の腕に捕らえられる。
「ジュ……」
「好きになってくれて、ありがとな」
男は、そう囁いた。