『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-90
「そうか」
「無人兵器とエルの相性は、決して良くありません。作戦には万全を期すべきです」
意外と食い下がってくるアリシア。エリックはそれに不快を感じはしなかった。
ただ、無関心にその話を聞いている。
「そうだな」
「……強制はしません。作戦は明日…それまでに答えを出しておいてください」
通じていると思っているのか居ないのか。その言葉を最後にアリシアは再びトレイを手に取り、踵を返した。そして振り返る事もなく、歩き出す。
「……」
アリシアが部屋を出る瞬間。開いた扉から廊下の光が入り、部屋を明るく照らす。
だがそれも一瞬の事。直ぐに閉ざされた扉は光を絶ち、部屋の光源を窓からの自然光のみに戻す。いつのまにかくすんでいた橙に照らされる部屋に、エリックは取り残された。
「………」
アリシアが立ち去ってどの位時間が経ったのか、計ろうとしていないエリックには判らない。ただ、外が暗い事は認識できる。だからどうという訳でもないが。
「……クリス………」
その名を口にした途端、胸に感じる痛みが刺激を増す。見える話せる聞こえる言葉を理解できる、それでいて曖昧な意識の中。胸の痛みだけがエリックの確かな感覚。
悲しみを生涯の輩に。それこそ、クリスと共に生きる事だとエリックは疑っていない。
レイヴァリーで?2との事で、たどり着いた結論。
「……けどな…」
呟き、エリックは立ち上がる。
そして後ろを向けば、CS装置。小窓のカバーを外す手に感じる冷たさも、何処かよそよそしい。まるで酔いが回っている時のように、胸の痛み以外現実感が無い。
「これでいいのか…?」
感覚を捨てて、全てから逃げたりはしていない。だが、今の自分は何かを成しているだろうか。クリスの事を想うだけで、進んで居ないのではないだろうか。
クリスの事を想いながら生きるという事は、思い出の中で立ち止まる事では無い筈だ。
「………クリス…俺は……」
呟きながらカバーをスライドさせ、軽く霜を払う。
「……どうしたら良い………」
現れたクリスの顔へと、何度目になるか判らない問いかけを投げかけるエリック。
はっきりしているのは、何か、行動を起こさなければならないという事。
クリスの傍で悲しみを味わっているだけなら、クリスはエリックにとって唯の逃避場所だ。
クリスへの思いはもっと崇高なものである筈だと、エリックは考えている。
だが実際、今のエリックには行動を起こす気力も意欲も無い。惰眠を貪るが如く、思い出に浸かっているだけだ。アリシアとのやりとりが、それを物語っている。
此処から逃げるなり事件解決に協力するなり、目標を持つべきなのに。
「……ふぅ…」
ため息をついて、エリックはカバーを戻した。
「…少し……頭冷やすか……」
冷たい水で顔でも洗えばスッキリするかも知れない。
そう考えたエリックは道も判らないのに、足取りもふらふらと扉へ向かって歩き出した。