『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-77
第二九話 《変後暦四二四年二月二三日》
「んでこれからルゥンサイト行って……どうすんだ?」
ペーチノーイル中央駅、構内。
エリックが買ってきた切符を受け取りながら、カイルが尋ねる。
これまでエリックは詳しい説明をしなかったので、当然の疑問といえた。
「そうだな…話しておくか。あまりアテにはならないが、一応俺はルゥンサイトの教皇と面識がある。まずはそれを頼りにしよう。それが外れても、当面生活できるだけの資金はあるからな」
「そっか。ま、なんとかなるだろ」
知り合いが一国の元首と知り合いだというのに、カイルは驚く様子もない。
まぁ、元々カイルを驚かせる事が目的ではないから、どうでもいいのだが。
「…そうだな」
改札を通りながら答えて、エリックはちらりとX2を振り返る。
「……」
そこには改札も通らず、切符と改札機を交互に見ているX2の姿。
よくよく考えてみれば、X2は電車に乗る事など初めてだったのだろう。
なんとかエリック達の真似をして、改札をパスするX2。
「切符、取り忘れるなよ?」
エリックの注意で初めて気付いたのか、機械から吐き出されていた切符を取る。
その姿は、なんとなく微笑ましい。
「これから、色々覚えていかなきゃな?」
「……了解…」
からかうようなエリックの言葉に対し、X2はそっけなく答える。
微妙に視線を外している辺りは、レイヴァリーに居た頃には見られなかった表情だ。
「………」
そしてそんな二人のやりとりを、カイルは何処か複雑な笑みを浮かべて眺めていた。
その表情に気付いたエリックが、カイルに向かって寂しげに笑って見せる。
「……さって、行くか!」
カイルは悲哀を振り切るように、歩き出す。
「そっちじゃない。ルゥンサイト行きの列車はこっちだ」
苦笑しながら、カイルを別の方向へと引っ張るエリック。
X2はそんな二人を不審に思うでもなく、ただ黙ってついて行く。
「お、丁度列車が来ている所か」
ホームへ着けば、丁度列車が来ている所だ。
出発時刻まで、あと数分。実にタイミングが良かった。
エリック達がホームへ降り立った階段から列車の最寄乗車口までは、十五歩かそのくらい。
その距離を移動するエリックの頭に在ったのは、迷いと不安。
逡巡している内に、エリックは列車の乗車口手前へと到着していた。
「……ふぅ…………っ」
息を一つ吐き出し、エリックは覚悟を決める。
立ち止まって振り返り、カイルとX2を先に列車へ入れる態勢をとった。
しかし二人が車内に入るのを見届けても、エリックは乗り込まない。
「?」
X2が、訝しげに振り返る。その様子に、エリックの心は痛む。
「…この中に、当面の資金と俺の紹介状が入ってる」
だが敢えてX2を無視し、カイルへと皮袋を渡す。
先ほど一人で街へ来たときに、紹介状の執筆も済ませておいたのだ。
「しっかし偉くなったもんだな?紹介状なんてもの、書くようになるなんてさ」
カカカと笑いながら、カイルは皮袋を受け取る。
「そう言うな。紹介状なんて初めてだから、適当だぞ?」
若干悪戯っぽく言ってのけると、エリックはX2の頭にぽんと手を置く。
「…それじゃあ、X2を頼む」
表情は一転して、真面目な瞳でカイルに告げる。
「あぁ、任せとけって。しっかりバッチリ面倒見るさ」
対して軽く笑って、カイルは答えた。その様子に、エリックは一つ頷いて見せる。
「…どういう事だ?」
事情がすっかり飲み込めて居ないX2が、エリックを睨み付ける。
事情がわからなくとも、会話の流れは理解できているのだろう。そんなX2へと、エリックは残酷な話をしなければならない。しかもそれはX2を思っての事ではなく、単なる我侭なのだ。だからエリックはX2の視線から逃げる事無く、正面から受け止める。
それくらいしか、自分がしてやれる事は無いとわかっていたから。
「……俺は、ルゥンサイトには行かない。お前達だけで行くんだ」
予想はしていたのだろうが、それでもX2は眉根を寄せ、不服を表す。
「何故だ?」
「……」
ストレートな質問に答えるのが辛い。それは、自分にやましい事がある証拠だ。