『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-63
第二三話 《変後暦四二四年二月二二日》
「あら、無事だったみたいね?」
SW区画、格納庫。体中を返り血で染めたローラが、エリック達を迎える。
そういえばローラの存在を忘れていた、と、エリックは内心で歯噛みする。
長くレイヴァリーに居る事は危険。さっさとベルゼビュールに乗って、混乱の内に脱出するのが上策だろうと、エリックは判断していた。それだけに、ローラは邪魔だ。
「…まあな」
隅には敵兵たちの死体が一つの塊の如く、積み上げられていた。
それにちらりと目をやって、しかし気に留めるでも無く、エリックは答える。
誰しも同じ重さである筈の命が、どうしてクリスのものとここまで違うのだろう。
答えは簡単。そこにある塊はどれも、クリスではないからだ。
ローラならば、同じように死んでも無関心で居られるだろうか?彼女を殺して脱出が手っ取り早いのだが。なまじ付き合いも結構長いだけに情が移っている。今でも、敵ではない。
大体、ローラと生身で戦った所で勝てる見込みも無い。
(そういう問題でも無いよな……ローラは仲間だ)
いつの間にか物騒になっていた思考に、エリックは自嘲する。
「な〜んか辛気臭いわねぇ……そうそう、ちゃんと言葉通り此処を守っててあげたんだから、お礼の一つもあって良いと思わない?」
呆れたように、ローラ。
いつも通りのその態度に、エリックは先程まで自分の考えていた事を恥じる。
「…ありがとな」
エリックは無意識に、心の篭った返事を返す。ローラに対して抱いた引け目の所為だろう。その心中では、レイヴァリーから脱出する手立てを考えていた。
「なんか変……まぁ、どーいたしまして。さて、それじゃさっさと腕に抱いてるお嬢さんをコッチに預けて、行って来なさいよ。そのワーカー使うんでしょ?」
「……は?」
エリックの態度に少し訝しがったローラだが、後半はいつもの様子で言う。
その言葉に思わずエリックは聞き返した。
「何よ、まさかその子も一緒に乗せるつもり?」
ローラは正気を疑うような視線を向けてくるが、エリックにはまず確認する事がある。
「ちょっと待て……もう研究所に入り込んだ敵も掃討したし、戦闘は終わったろ?」
そう。今更ワーカーに乗る理由も特になさそうなものだ。エリックにはあるのだが、それをローラが知っている筈も無い。
そんなエリックにローラは深くため息をつき、ジト目で睨んでくる。
「あんた通信聞いてないの?敵ワーカーの第二波が接近してるから、とりあえず念のため、パイロットは出とけって言われたのよ。今回は長距離砲も無いしね」
初耳だった。通信機のスイッチを切っていたのを、思い出す。
X2の事もあり、そこまで神経が回らなかったのだ。
「そうか…それじゃあ、コイツを頼む」
そう言って、X2をローラへと渡そうとして、その前に戦闘服の端を破り、個人端末の番号を記した物をX2の上着のポケットに入れる。連絡を入れろと書き置いて。
X2を引き渡す瞬間少し名残惜しい気もしたが、その感情は敢えて無視する。
「あら…意外と手が早いのね?こんな時に」
その様子を見ていたローラが、茶々を入れる。
「うるさい、ほっといてくれ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
エリックの様子を照れていると判断したのか、ローラはX2を抱き上げると、ぱたぱたと手を振った。片手で軽々X2を持ち上げる所は、やっぱり歴戦の雄ならではだろう。
「ん、行ってくる」
短く返し、エリックはベルゼビュールの足から、コクピットまで上る。
「……全く…間の悪い…」
コクピットシートへと体を滑り込ませ、呟く。
色々クリスやX2について考えたい時に、面倒な事だ。
「まぁ…H・S達も居るし、俺の出る幕も無いだろうけどな」
それもそれで骨折り損な気もするが、傭兵など医者と同じで暇な方が良いだろう。
その方が、黙って出て行くのも気が少しはラクだ。