『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-57
第二十話 《変後暦四二四年二月二二日》
通信機から聞こえてきた声に、思わず注意を引き付けられるエリック。
『今の場所は?』
『SS8の三〇八研究室、付近の味方部隊は撤収した模様』
『了解。……ご苦労だった』
「……」
司令官とX2のやりとりを聞いて、エリックは焦って進路を変更する。
今の会話からすると、どうやら司令部はX2を助ける気が無いようだ。
「ちょっと、何処行くのよ?そっちはSS区画よ!?」
驚いたように声を上げるローラ。SS区画に残された時間は少ないのだ。
「すまんが、格納庫までの道は確保しておいてくれっ!」
一言言い残すと、後は振り返りもせずに走るエリック。後ろからローラの声が聞こえたが、追いかけてくる様子は無かった。SS8はSS区画の西側、此処からなら比較的近い。
間に合うかどうかは五分五分だろう。
「間に合ってくれよ……」
念じるように呟きながら走っていると、ジュマリアの戦闘服を着た部隊と遭遇した。
彼らは壁のパネルで、何か操作をしている。
「何してる?」
少し離れた場所から、エリックは訊ねる。兵士達は一瞬警戒したようだが、すぐにエリックに対しての警戒を解いた。
「ここからがSS区画だからな。ゲートを閉鎖するのさ」
「何!?」
軽く答えた兵士に、走り寄りながら思わず聞き返す。
「まだX2が取り残されてるだろうがっ!」
激昂したエリックは、思わず兵士の胸倉を掴んで、壁に押し付ける。
「仕方ないだろうっ!H・S一体の為に基地全体を危機に晒す気か!?」
兵士の言う事はもっともだ。人一人…ましてや兵器のような存在であるH・Sの為に、自分の命を危険に晒したりする者はまず居ない。それは、司令官とX2の通信でも明らかだ。エリックは、熱くなっていた思考を鎮め、自分を諫める。
「………できるだけ延ばせないか…?」
「そうだな……できて後五分というところか…」
「…判った。それで頼む」
答えを聞いた瞬間、エリックは駆け出していた。SS区画へと。
「おいっ、何を考えているっ!?」
後ろから何か兵士達の声が聞こえていたが、すぐに聞こえなくなる。
エリックが全速力で走り、とっとと曲がり角を曲がってしまったからだ。
「………ちっ!」
やけに長く感じる通路を走りながら、エリックは自分の行動に舌打ちしていた。
自分の、愚かな行動に対して。
別に、X2に対して特別な感情は持っていないと思う。X2は、あくまでもX2なのだ。
自分が今必死に助け出そうとしているのは、恐らくクリスの幻影。
命を捨てるような行為は、自分を今まで助けてくれた者達への冒涜に他ならない。
そしてX2をクリスと混同するのは、X2に対する侮辱でもある。
意味の無い、馬鹿馬鹿しい事だと判ってはいるが、それでも身体は止まらない。
X2が居るらしい三階。そこに向かう階段を駆け上がると、銃声が聞こえた。勢い余って通路に飛び出し、直ぐに引っ込む。
さっきの一瞬で、エリックに背を向けてマシンガンを撃っている敵兵達を見つけてしまったのだ。恐らくその先に、三〇八研究室があるのだろう。そっと顔を出し、廊下を伺う。
研究室のドア…があったと思しき場所から銃が覗き、銃弾が敵兵を威嚇する。
だが痛覚も恐怖もないらしい敵兵は、構わず研究室へと進んでいく。その数四人。さすがに真正面から、この狭い通路で戦うのはキツいだろう。
そう考えれば、短時間で拠点を制圧するのには、この敵兵は向いている。
何しろ、物陰に隠れて敵の様子を伺ったりする行動が一切必要ないのだ。
「X2の手は、もう無いみたいだな……」
何度か爆薬も使ったのか、通路の壁には煤けた跡や原型を留めていない死体がある。
恐らく、今までの戦闘で爆薬の類は使い切ったと見て良いだろう。
「…くそ、やるしかないか…!」