『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-46
第十六話 《変後暦四二四年二月十八日》
写真に写っているクリス以外の二人を見て、エリックは少なからず動揺する。
「な……何でアルファとアリシアが……?」
思わず呟いたその言葉に、カゲトラが反応する。
「…アルファとやらはよく判らぬが…ヌシはアリシアの事も知って居るでゴザルか?」
驚いたようにカゲトラは言う。
無関係な筈の所に、これだけ自分の知り合いを知っている人が居れば驚くだろうが…
エリックは、写真を見た時点でそれ以上に驚いていたのだ。
「ええ………少し、ですが…」
動揺を鎮めれらぬまま、エリックは答える。
「そうでゴザルか……アリシアは、元気でゴザったか?何処で会ったでゴザル?」
離れて暮らす娘の様子を聞く父親のように、カゲトラは聞く。
「……まぁ…それなりに。会ったのは半年程前でしたが」
依然見た無表情な様子を元気といって良いのかは判らないが、エリックはとりあえずそう返事をしておく。
「そうでゴザルか。…昔から気の優しい娘だったし、あの向日葵のような笑顔は研究者達にも人気でゴザったからなぁ……今はさぞ素敵に育っているのでゴザろう……」
在りし日を思い出しているのか、目を細めてカゲトラは続ける。
優しいはまだ判らなくも無いが、向日葵のような笑顔と聞いて、エリックは首を傾げる。
エリックには彼女の笑顔ですら、全く想像がつかない。
よく写真を見てみれば、写真の中に居るアリシアは、満面の笑みを浮かべている。
その様は、エリックの知っている彼女とはまるで別人だ。
それこそ本当の向日葵のように、写真の中の彼女は明るく笑っていた。
「え………多分」
確かに外見だけならば、アリシア以上の美人はそう居ない。
しかしあの無表情な彼女には、それ以上の魅力というものは無かった気がする。
本当に、『お人形さんのような』という感じなのである。
「そうそう、アルファというのは、この写真中央に写ってる男の子なんですが…」
なんとなく着いていけなくなって、エリックは話題を変える。
「…ふむ、エルの事でゴザルか」
顎に手を当て、カゲトラは考え込むような仕草をする。
「エル……」
口の中で、その名前を反芻する。
「…エルぅぅうう!?」
一瞬頷きかけ、そこでエリックの記憶の『エル』という名前が浮上する。
「ど、どういう事なんですか!?」
思わず襟首掴みそうな勢いで、エリックはカゲトラに詰め寄る。
「ど、どういう事と言われても……そうでゴザった。ヌシは何時何処でエル、そしてアリシアを見たでゴザルか?」
エリックの勢いにたじろぎつつも、カゲトラは答える。
その様子にエリックもやや勢いを抑え、落ち着く。
「あれは…半年程前の、ナビア簡易基地でした。その頃はまだ俺もナビア軍兵士だったんですが、俺の所属してた基地に新型機のデータ取りだって、アルファが来たんです。アリシアは、その補佐監督役という事でした。」
「………ふむ」
エリックの答えを聞いたカゲトラは、何かを考えるようなそぶりを見せる。
エリックが元ナビア軍兵士だと知っても動じない様は、さすがである。
「……それで、この二人は此処でどういう存在だったんです?」
考え込んでいる様子のカゲトラに対して、エリックは疑問を口にする。
「……アリシアは、此処に居た研究員の一人、ワイザー博士の一人娘。エルは……クリスと同じ、H・Sの一員で、L1がコード名でゴザルよ。クリス、エル、アリシアは仲の良い三人組でゴザったが、ある日ワイザー博士が何処かに姿を消して、アリシアも同時に居なくなったでゴザル。」
そこまで言って、カゲトラは少し考える。
「……恐らく、ナビアに出奔したワイザー博士が、回収されたエルをそのまま実験に利用したという所でゴザろう」
ウムウムとばかりに、カゲトラは頷く。その仮説に、エリックはようやく合点がいった。
全ての事柄が、線になった。
「………そうか………だから………」
あの日の、アリシアの迷い。クリスの困惑……今になって、やっと理解できた。
「……くそ……っ」
だが、全ては遅すぎたのだ。
あの日、アリシアの話を聞いていれば。クリスに、アルファの事を話していれば……
もしかすると、クリスが死ぬ事は無かったかもしれない。
自分には、それができたかも知れなかったのだ。
そんな後悔が、エリックの胸を締め付ける。
「……先ほどから何やら忙しい男でゴザルな、ヌシは……」
そんなエリックを見て、カゲトラはため息を一つつく。