『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-34
「は、はい………」
シヴの言葉を受けても、やはりレイチェの態度はかたい。
「っても無理か……まぁ、あんまり緊張しすぎるなよ。レイヴァリーの警戒網まではまだまだ遠いんだから、気楽に行こうぜ。」
「……はいっ。」
にかっと笑うシヴに、レイチェもわずかに微笑んだ。
「あれは………」
その時、エリックが何かに気付いたかのように声を上げた。
「どうした?」
後ろを向いていたシヴが、振り返る。
「………あのトレーラーは……」
街道を走るエリック達のトレーラー。その前方に、巨大なトレーラーが走っていた。
通常の何倍あるかも判らないような、本当に巨大なトレーラー。
そして、エリックはそれに見覚えがあった。
知らず、エリックの表情が険しくなる。
それは以前ナビアで見た、移動研究所。アルファ達の乗っていたものだった。
「エリックさん、知ってるんですか?」
レイチェが尋ねる。
「ああ。俺がナビアに居た頃、見た事がある。……ナビアの、移動研究施設だ。」
頷き、エリックは答える。
あの中には、アルファが居るのかもしれない。クリスを殺した男が。
恨みなど、持っていない。戦争なのだから、仕方ない。
―――そう思っていた筈だった。
「…………」
ぎりっと、エリックの奥歯が鳴った。
今も、あの中でアルファが暮らしているかもしれない。
あの頃のように、泣いたり笑ったりしているのかもしれない。
そう思うと、当時の怒りが静かに蘇ってきた。
アルファを……無力な自分の影を殺してやりたいという衝動が、胸の内に沸き起こる。
だが同時に、エリックはアルファを強く恐れてもいた。
少し冷静になれば、怒りは収まる…とまではいかないものの、衝動は鎮められる。
だが、やるせない思いだけはどうにもならない。
あの日の、手も足も出なかった記憶が、エリックの頭に焼き付いているのだ。
…今の時点でも、エリックがアルファに勝つ事のできる可能性は皆無に等しい。
ワーカーを現在所持していないという事もあるが、並みのワーカーを手に入れたところで、アルファの駆るアーゼンには遠く及ばない。
それは機体性能に限った事ではなく、恐らく技術面でも同じだろう。
できるかできないかではなく、やるかやらないか、という考え方もあるだろうが……結局、敵討ちというものは、相手を倒せなければ意味が無いのだ。
命を無駄にくれてやる気は、さらさら無い。
だが、そこでエリックはふと思う。
アルファを倒し、自分の無力さを消し去ることができたなら。
自分の生きる道が、見つかるのかも知れない。
暗闇に差した一筋の光明。そう言うほど大きなものでもないが、思いつきと言えるほど小さなものでもない。今、エリックは目標を見つけたのだ。
敵討ち…いや、アルファを倒すこと。ひいては、自分の無力を消し去ること。
その為にも、傭兵の生活を続けて力を蓄える事が必要だ。
自分のやってきたことは、無駄ではなかったとエリックは確信する。
エリックの願望及び目標は、『力』に帰結するらしい。