『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-33
第十一話《変後暦四二四年二月十六日》
エリック達を乗せたトレーラーは、ジュマリア領内を走っていた。
もはやルゥンサイトのような雪景色も無く、遠くには緑の山々が見える。
空に上った太陽も眩しく、昼寝をするにはいい日和だ。
ジュマリアのレイヴァリー基地までは、あと三日程だろう。
「全く……エリックが時間取ったりしなければ、もっと早く出発できてたのに…」
トレーラーの中。ぶつくさとローラが呟いていた。
「悪かったな。」
エリックは後ろの席に居るローラに振り向く事もせず、ただ気の無い謝り方で応じる。
ルキスと別れて合流した時にもなかなかの剣幕で怒られたが、それ以降愚痴が始まった。
加えてここのところ、彼女の機嫌が悪い。
それに一々付き合っていられるほど、エリックはできた人間ではない。
というより、別の事をずっと考えているのだ。
クリスの死を思い出してからこっち、エリックは自分の生きる意味について考えていた。
クリスを探すという目的は無くなり、かといってアルファに復讐する気も起きない。
あの日アルファの駆るアーゼンは、彼の救援に来たと思われるトレーラーに回収されてしまった。それを止める力は当時のジュマリア基地には無く、怒りにかられたエリックが単身追跡したのだ。結局ワーカーがトレーラーに追いつける筈も無かったが。
そしてそのまま、エリックはジュマリア領内を彷徨い、紆余曲折を経て今に至る。
当時は頭が怒りで一杯になっていたが、冷静に考えてみれば、怒りも萎えた。
彼の薄幸ぶりも知っていたし、何より戦争なのだから、仕方ないとも思う。
全ては、クリスを守る力が無かった自分が悪いのだ。
相手を責める事もできない。襲ってくるのはただ、無力感と喪失感。
それでもルキスのおかげで、死ぬという考えは湧いてこないが、道は見つからない。
方向性を失くした心は、クリスを失った喪失感をかみ締めるばかりだ。
腕の傷は、ルゥンサイトの最新医療技術のおかげでもう塞がっているが、この腕で自分は何をするのだろうか。守るべきものを失ってしまった事を、改めて痛感させられる。
そんなエリックの耳は、ずっとローラの愚痴を捉えている。
ちなみに彼女の機嫌が悪い理由は、大体エリック達には察しがついている。
レイチェを除いてだが。
「ローラ、あと少しの辛抱だろうが。レイヴァリーに近づきゃあ、嫌でもドンパチやる事になるだろうからなぁ。それに、エリックが向こうのイザコザに巻き込まれたから、詫びとして色々物資も貰えただろ。」
シヴがエリックの隣からローラに振り向いて、野太い声で言う。
そうなのだ。ローラの機嫌が悪い理由、それはここの所ずっと平和だからだ。
彼女にとって戦いとは、人生に無くてはならない楽しみであり、生き甲斐らしい。
だから、こうして戦闘が無い日が何日も続くと、いらいらしてしまうのである。
「そりゃ、そうだけさぁ…………」
一応、皆に聞こえるような音量で愚痴を垂れ流すのはやめたものの、小さくぶつぶつと呟くのはやめないローラ。面倒見切れんとばかりに、シヴは肩を竦める。
「それとレイチェも、とりあえず心構えだけはしておけよ。」
一人、何かを考えているようなレイチェにも、シヴは声をかける。
恐らく、戦闘に慣れていないであろうレイチェを気遣っての事だろう。
彼女は最近、やけに口数が少なくなっていた。
やたらと豪放に見えて、シヴはよく気が回るのだ。
普段のチームを纏めているといっても過言ではない。
「……はい…」
やや緊張した声で、レイチェは言う。
軽く鬱状態なのは、隣に居るローラが不機嫌なせいもあるかもしれない。
「まぁ、今からそんなに緊張してちゃ、身がもたねぇからな。休める時には休めるようになるのも、大事な事だぜ。ヲルグみたいに……まぁ、あいつはくつろぎ過ぎだけどな…」
言ってシヴは、一番後ろのシートを占領して、ぐっすり熟睡中のヲルグを指す。
何か夢でも見ているのか、口の端がだらしなく緩んでいる。
ちなみに今の運転は、ギザが行っている。
隊長は助手席で、他のメンバーが思い思いの席に居るといった具合だ。