『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-23
「……ふぅ……食ったなぁ……」
食事を終えたエリックは、息を吐いて一言。
二人が今居るのは、オジュテー中央公園という所で、屋台でルゥンサイトの名物である肉スープを買い、近くにあったこの公園で食べたのだ。屋台が満員だったためである。
ちなみに御代は全てエリック持ち。何故なら女性は一銭たりともお金を持っていなかったからだ。女性は、最初自分はいらないと言っていたが、自分だけ食べるのに気が引けたエリックの申し出で、エリックと同じ肉スープを頼む事に相成ったのだった。
マイナス十二度の寒さは正直辛いを通り越すものがあるが、それでも活気のある街では寒さも少し和らぐ。特にこの肉スープが、体の中からじわりと効いてくる。
このスープは、ルゥンサイト北部に生息している巨大な毛長象の肉を、調味料を加えて茹でるだけという簡単な料理だが、それだけに大衆一般に広く浸透している名物料理なのだ。
味はスープの澄んだ琥珀のような色に反して濃いが、薄味好みの人はお湯で薄める事が出来るというのが嬉しい。加えて寒い地方の名物料理だけあって調味料の辛口スパイスが効いていて、体を温める手段としてもお薦めできる一品である。
まぁ、別にどこぞの料理通に向けて紹介する訳でもないのだが。
「すいません…もう暫く待っていただけますか？」
エリックの腰掛けたベンチの隣に居る女性が、やはり微笑みながら言う。
しかし微妙に眉が寄っている所を見ると、恐らくは困り笑いなのだろう。
少しづつ女性の表情の違いが判るようになってきたエリックである。
無表情な訳でもないのだが、いつも微笑んでいるので感情が読めないのだ。
「…まぁ、体も暖まってるから別に良いけどな。」
女性を横目で見て、エリックは答える。
「ありがとうございます。」
女性はお礼を言うとまたスープに口をつけた。
どうやら猫舌らしく、先ほどからあまり食は進んでいない。
「熱いのが苦手なら何故同じものを頼む……」
呆れたようにエリックが言う。
このままではせっかく暖まった体が冷えてしまう。
「…いえ…これはルヴィンの教えに従って、しっかりとこの食事に感謝を捧げ、糧となっていただいた象の方の味をかみ締めているのです…」
あまり余裕が無いのか、はぐらかすような事も言っては来ない。
エリックの方に向き直って説明し、またスープに口をつける。
話しながら食べるという事をしないというのは、礼儀正しいのだが違和感がある。
だったら何故ふぅふぅ吹いてるんだ……というエリックの心の声は、胸の内だけに響く。
そんなエリックの思惑を見透かしたように、女性がハシを休めて…というか食べる手を止めて、エリックの方をむく。この国にハシを使う文化は無い。
「ルヴィンの教えには肉などの食べ物を規制する戒めはありませんが、糧となってくれた方には愛を持って感謝を捧げるのです。」
『糧となってくれた方』というのはなにか怖いものがある。
「わかったわかった、判ったからさっさと食ってくれ。」
いちいち食事の手を止められるのもあれなので、エリックは女性を促す。
そしてまたスープに口をつける女性から視線を外し、辺りを眺める。
周りには男女の二人連れや家族が目立つ。今日はルヴィン教の安息日だったようである。
…エリックはあまりルヴィン教には詳しくないが、先ほど神殿見学をしたついでに覚えてしまったのだ。
まぁ、安息日ならこの賑わいも納得がいく。
皆楽しそうに公園を歩いたり、買い物をしたり屋台で食事をしていたりスケートリンクでスケートをしていたり………寒そうだが、平和だった。
パイロットとして戦場に出向いてから傭兵になって…こんな平和な光景は久しく目にしていなかった。こういう時に、何か異常なもの…非日常を感じる。いや。戦闘行動が日常になっている自分こそ、異常なのだろう。そうエリックは思う。
不思議なものだ。本来ならば、クリスと一緒にこの街を出歩いていたのだろう。
そして、この平和な光景が、自分にとっても日常だったのだ。
それが今は、隣にクリスという女性が居て、束の間とはいえ平和な時を過ごしている。
その不思議が、エリックに奇妙な感覚を与える。
「クリス……か…」
まだスープを飲み終えていない女性を見、呟く。『クリス』は気付いた風もない。
（何考えてるんだか…）
とエリックが軽く頭を振り、浮かんだ思考を振り払ったその時だった。
エリックが何者かの視線を感じたのは。