『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-22
「…………離せ。」
しっかりと、女性が袖を掴んでいた。
首だけで振り返り、女性――クリスと呼ぶべきだろうか――と目が合った。
「…私と居るのは、お嫌ですか?」
微笑みながら、女性が尋ねた。だが、どこか違和感を感じる微笑だった。
以前見た、苦笑に近いような微笑。
「……別に…あんただから嫌だって訳じゃない。面倒なんだよ。」
エリックは合わせた視線を外して、女性から顔を背ける。
「あんたも、俺になんか構ってないで一人で出歩くんだな。」
吐き捨てるように言うと、そのまま女性の手を振り払って歩き出す。
「……いえ、私は貴方と一緒に居ます。」
後ろに、人が着いてくる気配。
「……」
何故だとは聞かない。なんとなく、またはぐらかされそうな気がしたからだ。
「…もう勝手にしてくれ……」
疲れたように言い、エリックはいつの間にか止まっていた足を再び進める。
というか実際、エリックは疲れていた。ただの精神疲労とは少し違う。
長い間体を動かさなかった後、久しぶりに運動した時に似ている。
硬くなっていた体がほぐれていく感覚。それはけして不快なものではない。
ラティネア内でも感じた妙な充足感の正体は、これだったのだろう。
その感覚に気付き、エリックの中から女性に向かってむやみに反抗する気が失せていく。
「はい。了承致しました。貴方の御心のままに。」
にこりと笑い、女性が言う。嬉しいのだろうか。同じように見える微笑でも微妙な変化がある事に、今更エリックは気付き始めていた。
というか、今聞くとこの発言もどこか面白い。
「ったく…別にこっちが頼んでる訳じゃないんだがなぁ…」
エリックは、思わず苦笑を漏らし、その様子を見て女性が笑っているのに気付く。
「……何だ?」
訝しがりながら、エリックは訊ねる。
「ふふ…何でしょうね?」
しかし女性はただ、穏やかに微笑むだけだ。
「……?」
エリックは眉を顰めたが、今更深く突っ込む事はしない。
「まぁいい。それじゃ、お前の勝手にするって事だが……どうする?」
「…そうですね……」
と、女性が思案するような顔をしたその時。
ぐぅ。
エリックの腹の虫は、控えめながらも鳴き声を上げていた。
「……」
「……」
思わず視線がエリックの腹に行く二人。
「ふふ…では、お食事に致しましょうか。」
口元に手を当ててくすりと笑うと、女性は言った。