『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-21
第七話《変後暦四二四年二月一日》
「この神殿の歴史は古く、約二百八十年前に建立されて以来三度の改修工事を経て、今に至っています。世界の建築物の中でも、変後のものとしては最大の…」
女性の流暢な説明が、辺りに響く。声は周りの壁や柱にも反響し、目の前に話している本人が居なければ、どこから声が出ているかも判らないだろう。大して巨大という訳でもないが、厳かな静謐さをかもしだす空間に、女性の声はよく似合っていた。
クリスと名乗った女性に連れられてエリックが出てきたオジュテーの街。彼女の案内で、二人は郊外にある巨大な神殿前に居た。そしてそのまま、彼女が説明を始めたのだ。
実はこれで神殿は三件目である。
「ほぅ………じゃなくて、おい。」
エリックは感心した直後、不機嫌そうに女性の説明を遮る。
「…はい、どうかなさいましたか?」
説明を遮られたにもかかわらず、女性は嫌な顔一つせずに答える。
「俺は何故ここに居るんだ?」
そうなのだ。今まで薄々違和感は感じていた。しかし頭がぼうっとしていたせいか、女性のペースに乗せられ、いつのまにか神殿の説明を聞いてしまっていたのだ。
しかも内部まで詳細に見学して。
「…?……ああ、そうですね。もうお昼時ですし、食事の出来る場所の方が…」
女性は最初不思議な顔をしたが、やがて納得したように言った。
「違う。そういう問題じゃないだろ。」
確かに腹も減ってきてはいたが、しかしエリックの疑問の焦点はそこではない。
「俺が聞きたいのは、何故俺は街に出る事になっていたのかって事だ!何故格納庫に戻る筈の俺が街に出て、しかもここの主な神殿の見学ツアーのようなあんたの案内と説明を聞いてたんだ!?思わず真剣に聞いて、神殿の建築様式から国が運営してる孤児院のシステムまで覚えてただろうが!」
最後の方は論点がずれてきているようだが、今のエリックはそれに気付ける程冷静ではない。というかエリックも神殿見学がまんざらでも無かったのかもしれない。
「………神殿の見学は退屈でいらっしゃいました?」
女性が相変わらず微笑みながら聞き返す。
「あ、いや…そういう事は無かったが…あんたの説明はわかり易かったし、むしろ…って、そうじゃない。俺が聞いてるのは、何で俺があんたと一緒にここに居るのかって事だ!」
「ここまでは歩きでしたね。」
「なにで、じゃなくて、何故、だ!」
エリックはずっとペースが狂いまくりである。
他の人と話していてもこうはならない。やはり女性の持つ特有の雰囲気のせいだろうか。
最近口を余り開かなくなっていたとは、思えない。
「…せっかくですし、できれば名前で呼んでいただけると嬉しいのですが…」
女性が微笑みながら、控えめに発言する。
「ややこしいから名前では呼ばん!」
一蹴。
「何故ですか?」
首を傾げて尋ねる女性。
名前をイメージしたからだろうか。一瞬その姿がクリスの姿と被った。
「……俺の知り合いに同じ名前の奴が居るからだ。」
勢いをとめられたエリックは、女性から目を逸らして答える。
つくづく、この女性は要所要所でエリックのペースを差し止める。
「……とにかく、俺は帰るからな。」
幾分冷静になったエリックは、言って女性に背を向ける。
まともに会話していては相手のペースに乗せられるに決まっているのだ。
「何故ですか?」
そんなエリックの背に向けて、女性が疑問を投げかける。
「………」
無視。
答えればまた面倒になりそうだ。
というか半分意地の行動なので、確たる理由は無いのだ。
そしてエリックはそのまま歩き出そうとするが…