『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-19
「あとどれくらいだ?」
「もう少しといえばもう少しですし、まだまだと言えばまだまだですね。」
またもや微妙な答えが返ってくる。
「あのな……」
エリックが、文句を言おうとしたその時。
「西門という事は…繁華街の方面ですよね。」
ポツリと、女性が呟いた。
「……ああ、そうだが…」
文句を言おうとしていた矢先、エリックは余りまともなリアクションも取れず、ただ短く答えた。どうも、意図がつかめない。
「私も、久しぶりに外へ出てみようかと思います。」
ふっと笑って、女性が言う。
「ああ…そうか…?」
何故いきなりこの女性はこんな事を言うのか。というか何故わざわざエリックに言うのか。わからない事だらけだ。
と。
「とりあえず、瞑想の区画は抜けました。」
気付けば、女性がエリックを見ていた。
そう言われてみれば、カイロがあるのを差し引いても周りが暖かい気がする。
「…………」
どうもはめられている気がする。カイロはそこまで必要だっただろうか。
「……?どうかなさいましたか?」
そんなエリックの様子に、女性が首を傾げる。
「…気にするな。それで、西門までは遠いのか?」
このやりとりにも若干慣れつつ、エリックは聞く。
「どうでしょう…遠いか近いかは、貴方の感覚次第……」
大方エリックが予想した通りの台詞を返してくる。
「まぁ、そう言うと思ったがな。」
やや苦笑気味にエリックが言う。同時に、職員達とすれ違った。
「ちゃんと人も居るな…」
確認するように言ったエリック。まるでラティネアがゴーストハウスのような言い方だが、先ほどまでの事を考えれば無理も無い。
「ふふ…そうですね。…あ。」
少しだけおかしそうに笑って、女性はふと足を止めた。
「…どうした?」
「ここを曲がってまっすぐ進めば、西門です。」
女性が進む先の曲がり角を指して言う。
「そうか。わざわざ案内させてすまなかったな。」
「いえ、命を救っていただいたお礼としては、まだまだ不十分です。」
たおやかに首を振り、女性はにこりと笑って見せる。
「…そこまで大した事はしていないが………やっぱり居ないか…」
そこまで言って、エリックはため息をつく。
二人は建物の外に出て西門へと着いていたのだが、そこにローラ達の姿は無かった。
予想通りだったが、とりあえず時計を確認。
ローラ達と別れてから一時間半。意外と時間は経っていなかったが、それでもトイレに向かった者を一時間半は待たないだろう。
「……格納庫まで戻るか…」
さすがにローラの強制無しに、一人で街を見る気にはなれない。
オジュテーはクリスと見て回ろうとしていた所なのだ。
「…お戻りになるのですか?」
そんなエリックを見て、女性が首を傾げた。
「案内して貰っておいて悪いが、一人で街を見て回る気にはなれないからな…」
疲れたように言うと、エリックは西門に背を向けて、建物の方に歩き出そうとする。
と、その袖が引っ張られた。後ろにある光景を予想しつつ、振り返る。
「でしたら、私と一緒に見て回りませんか?」
そこには女性が、例の微笑を浮かべて立っていた。誘うように、小首を傾げてみせる。
「………やめておく。あんた一人で行ってくれ。」
エリックはにべもなく、女性の申し出を断る。
女性と二人でオジュテーを歩くのは、何となくクリスに悪い気がしたからだ。
それに、これ以上人と親しくなりたいとも思っていない。
どうせ誰と親しくなっても、いずれ別れる時がくるという事を、エリックは知っている。
…とはいっても、その別れを取り戻すため、エリックはクリスを探しているのだが。
心の中で、どこか歯車が噛み合わないような気がする。
クリスにまた会う事を夢見ながらも、エリックにあるのは希望でなく喪失感だけだ。
どこかおかしい。どこが?何故?いつから?
「………」