『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-18
少し不思議そうな顔をしていた女性だったが、やがてまた微笑む。そして、依然として質問ははぐらかされている。言外に、自分で考えろと言っているのかも知れない。
「では、先に私の部屋で上着を取って参りましょうか?この近くですから。」
エリックとしては照れ隠しに言っただけなのだが。さすがにそれも言い辛い。
「そうだな。そうしてくれ。」
短く答える。
「はい、承知しました。では少しお待ちになってください。」
女性は一礼すると、小走りに元来たほうへと戻っていった。
と、思わずエリックの目は女性の足元に釘付けになった。
なんと、少し持ち上がったローブの裾から覗いた女性の足は、裸足だったのだ。
「あ………」
呆気にとられたまま、エリックは女性を見送った。
「……………何者だ…?」
単に鈍いのか、それとも我慢していたのか、それとも人外の者か…
もしかするとエリックは、再び女性の命の危機を救っていたのかも知れない。
「待っていろ…ね……」
その前に、生きてまたここに帰ってくるのか、実はあの女性も迷っていたのではないか、等と不安は尽きないが、エリックはとりあえず女性の帰還を待つ事にした。
「……まだなのか………くしゅっ!」
女性の帰りを待って暫く。寒さの所為か、時の流れが遅く感じる。
実際に大した時間は経っていないのかもしれないが、体感時間は相当なものだ。
女性が行ってしまってから、辺りが静かだ。それを認識してしまうくらいに、今日のエリックはよく話した。多分、女性のペースにはまってしまっているのだろう。
というか、いきなり殺されかけていたりよく判らない言動が多かったりと、女性に突っ込みどころが多すぎだ。どうやらエリックは突っ込み肌らしい。
「クリスと離れて以来だな…こんなに喋ったのは。」
普段余り喋らない分だけ喋り疲れたような気もするが、何故かその中に、ここの所無かった充足感を感じている節もある。本来の自分を取り戻したような…そんな感覚。
「…さて…どのくらい経った……?」
訳の判らない奴と一緒にいるのが本来の自分かと思うのが少し嫌なので、話題転換。
実際の時間を確認しようと、エリックは上着のポケットに入れていた時計を取り出そうと、手を動かす。
と、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「お待たせ致しました。」
足音に続いて現れたのは、あの女性だ。少し走ったのだろうか、顔が少し上気していて、エリックはこの女性も普通の人間だったのだと少し安心する。
「……」
女性の格好は、ラティネアに向かってくる途中に見たような、普通の人の着るものになっていた。とはいえ眼帯はそのままつけてあったし、中身――着ている人間も、普通とは違っていた。多分良い意味で。
足元を確認。ちゃんと靴を履いているようだ。
「……?」
「あ、すまんな。なんでもない。」
不思議そうに首を傾げる女性の顔で、つい女性の全身を眺め回すような格好になってしまっていた事に気付き、エリックは慌てて謝る。
「御気になさらずに。…そうです、これをお持ちください。」
女性は微笑んで答えると、何かを差し出してきた。
見ると、小型微発熱装置……簡単に言えば電気カイロだった。
「先ほどから寒そうでしたので。では、行きましょうか。」
女性は変わらぬ微笑を浮かべ、再び歩き出す。
「ああ、すまんな……」
エリックは礼を言って、女性に並んで歩き出す。
胸元に入れたカイロが暖かい。よく判らない女性だが、結構良い奴なのかもしれない。そんな事を思うエリックは、単純なのだろうか。