『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-147
『そういうお前は何故ナビア軍と交戦していた？』
グレゴリーの質問に答える言葉を探しながら、エリックは索敵していた目を一瞬だけ探知結果に移す。
発信源は、戦闘の起こっている地区からだ。にも関わらず通信に銃声が紛れていないという事は、グレゴリー本人はワーカーに乗っている可能性が高いだろう。
「住民を避難させる為だ。この街全域に対してＢＣ攻撃が行われる事を知らせにきたんだが、色々とあってな」
住民にしたのと同じ説明を、エリックは繰り返す。細かな状況を説明する余地は無いと踏んだからだ。
『BC……ガス攻撃か……』
胡散臭くはあるが無視できる問題でもないのだろう、グレゴリーが聞き返す。
『情報源は？』
「MDSが仕入れた情報だ。出所は答えられない」
我ながら胡散臭い情報だと思ったエリックだったが、グレゴリーは情報の信頼性よりも、内容の緊急性に着目したようだ。
『攻撃してくる勢力はどこだ？』
完全に信じているという訳でもないが、無闇に疑う訳でもない。そんな様子で尋ねてくる。
「レアムを襲った奴、という話だ」
答えながら、ディスプレイに目を遣るエリック。
先ほどから索敵は継続しているものの、近辺マップに敵影反応は見られない。レジスタンスの方に戦力をとられているか、ベルゼビュールの戦い方を見て、対応できるだけの戦力を揃えているのか……もしくは、レジスタンスが戦闘に乗じて軍事ネットワークを寸断したか。
いずれにしても、長々と話し込んでいられる状況でもない。
『……という事は、唯のガス攻撃ではないという事か……』
焦れるエリックを他所にグレゴリーは黙考し、長くない時間で考えを纏めたようだった。やはり、レアムの情報はレジスタンスにも渡っているらしい。
『こんな無茶な方法で避難を促しに来る以上、時間は余りないな？』
「あと五時間程らしい」
『くそ、攻撃を開始する前に相手を叩く事はできないのか？』
「できると思うか？」
ナインは、レアムに駐留していたナビア軍を退けている。それに遥か及ばない戦力で止められる筈がない。実際はナインの残存電力は僅かで前のような戦力は無いのだが、それをわざわざ教える必要もないだろう。
ここでナインを止められては、クリスの治療もできなくなってしまう。
『……いや』
重々しい声で、グレゴリーがエリックの想像通りの答えを返す。
「なら……」
言いかけて、エリックはベルゼビュールを急速転回させる。バックモニタにちらりと映ったペールIV数機を、すぐ正面に捉えた。距離は五、六百メートルといった所か。
マップに反応がなかった所を見ると、ナビアのネットワークは寸断されているようだ。この先はもう、相手の軍事ネットワークに頼った索敵はできないという事になる。
「悪いがゆっくり話をしている場合じゃない。落ち着いたら返事を聞く」
エリックは通信相手に対してベルゼビュールのアクセスナンバーを送信し、敵機に集中する。
ベルゼビュールが振り向いたのを確認した敵機達は、素早く散開してシールドを突き出した防御体制をとる。エリックがレバーグローブの人差し指に力をこめると、同調するベルゼビュールは、マシンガンを掃射しながら通りに凹みを作っている駐車場へと飛び込んだ。
ベルゼビュールの放った銃弾達は通りに並んだビルや商店を破壊し、目標を捉えられぬままに虚空へと消え、或いは敵のシールドに弾かれる。つまり、有効打は無しだ。
一応有効射程内ではあるが、この距離で移動しながら当てられるものではない。エリックはコンソールパネルを操作して、今使いきったマシンガンのマガジンを落とし。ベルゼビュールの武装格納スペースから射出したマガジンを新たにセットする。
その間に相手の行動を予測したエリックは、ふと嫌な予感に襲われて駐車場周囲を確認した。瞬間。駐車場を囲むビルの裏路地から、対ワーカー装備と見られる砲身が覗いているのを発見。エリックが気付くのとほぼ同時に、ソレは弾頭を吐き出した。
射出された弾頭は的確にベルゼビュールを捉え、コクピットに食いついて爆発する……筈だったが。胸部装甲表面のナノマシンが破裂し、滑った弾頭はベルゼビュールの側頭部付近上空で爆発する。
装甲に食い込んで弾頭が固定されていなければ、この程度の爆発はワーカーにとって致命傷足りえない。ディスプレイが一面に赤白い光を映して機能を失うが、エリックは構わず先ほどバズーカを目撃した場所に勘でベルゼビュールの銃口を向けて、射撃を行う。
その成否を確認する為にディスプレイの回復を待つ暇も無く。
ベルゼビュールの各所で銃弾が爆ぜた事を、レバーグローブやフットペダルのフィードバックが伝える。動いた拍子に通りへと出てしまった為、先ほどの敵機に射撃を受けたのだろう。
新装甲のおかげか距離が遠かったか、たいした衝撃はなく。サブディスプレイの自己診断にも異常はない。致命的なものはないと判断したエリックはボムを射出、ベルゼビュールを再び駐車場へと逃げ込ませながら銃弾の飛んできた方向に投げる。
新装甲があれば敵の銃弾は恐れるに足りないのかもしれないが、そんな事を実戦で試す程エリックは酔狂ではない。
ボムの爆発音が聞こえた頃、やっとカメラの調子が回復し、ディスプレイに明暗が戻る。
駐車場の片隅に転がる、今しがたベルゼビュールが銃撃した兵士を確認し、振動センサで敵機の位置を探る。敵機の数は五機。弾幕を張りながら高速で接近している。