『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-146
第五六話 《変後暦四二四年三月八日》
突如聞こえてきた銃声。音の質からしてワーカーの兵装だろう。断続的な銃声と時折響く爆発音からすると、それなりに本格的な戦闘のようだ。
ナビアの軍事ネットワークでは、敵の援軍出現という報告と、その大まかな位置がマップにマーキングされている。規模は少なくともワーカー三機以上という事らしい。
「ナイン、お前か?」
最も疑わしい存在に、通信で問いかけるエリック。これまでの経緯を考えれば、その疑いも当然だ。
『いや、こっちは穏便に事を進めているよ。そちらのおかげで警備も手薄だしね』
至って平静な声で答えて、ナインは続ける。
『ジュマリア残党の仕業ではないかな。お前の行動もその一端と思われているみたいだね』
つまり、彼らの行動計画と重なってしまったらしい。或いは、ベルゼビュールの出現による混乱を利用されたか。
「なるほど……面倒だな」
音の方向は北西。このままでは避難所に住民が集まらない可能性が高い。今さっき立てたばかりの計画は早くも修正を迫られる。
『まぁ、いずれにしても外の騒動が大きくなればこっちは動き易い。少し立て込むから、暫く通信を切断するよ』
エリックの焦燥など何処吹く風といった様子でナインは一方的に告げて、通信が切れた。
「な…………くそ、無責任な奴め」
責任などというものをナインに求める事自体間違いだとは知りつつも、エリックは毒づかずにいられない。かといって、いつまでもそうしている訳にはいかなかった。
そんな時だ。
『何処の所属か判らんワーカーのパイロット、聞こえたら返事をしてくれ。これは指向性オープンチャンネルだ。少しの間動かないでくれ』
粗野な男を思わせる声が、ベルゼビュールのコクピットに響いた。
回線は、範囲呼びかけ型オープンチャンネル。通信に指向性を持たせ範囲を限定的にする事で、傍受を防いでいるのだろう。動くと、通信を送れなくなってしまうという訳だ。
近くにワーカーが居ない所を見ると、建物の中から通信歩兵が送ってきているらしい。
「……誰だ? 所属と通信の目的を答えろ」
少し考えてから、エリックは応答する。通信を送ってきた相手が誰であれ、現状を打破するきっかけになるかもしれない。
『あぁ、名乗りが遅れたな。こちらは自由ジュマリア復建活動軍第三支部隊長、グレゴリー・アーソン大佐だ。そちらの所属と目的を聞きたい』
自由ジュマリア復建活動軍とは、先の戦争で不利を見越したジュマリアの軍閥が被制圧後に向けて組織したレジスタンスだ。戦争終了後に行われる反ナビア活動の中心を担っている組織で、エリックも傭兵として何度か行動を共にした事もある。
どうやら、先ほど戦闘を開始したのはこの通信相手が属する勢力だったようだ。
近くにナビア軍も居るだろう中での接触という訳だ。
「……エリック・マーディアス、所属はない」
先ほどは計画の邪魔をされたという感が否めないエリックは少し顔を顰めながらも、簡潔に答える。ナインの介入が無い今なら、味方として利用できるかも知れないからだ。
『エリック・マーディアス……まさか、MDSのエリックか?』
MDSとはエリックの所属していた傭兵組織の略称だ。同業の中では知名度の高い組織だが、構成員の一人に過ぎないエリックまで有名な筈はない。
「……俺を知っているのか?」
まさか自分が知られているとは思わず、思わず聞き返すエリック。
『覚えてないか? 三ヶ月前のエリウス襲撃作戦でお前達に協力を依頼した。一時的に俺の指揮下に入った時、顔合わせもした筈だ』
確かにその時期、エリックはその作戦に参加していた。もっとも傭兵になってから余り他人に興味を払っていなかったので、声と名前だけでは人物像を連想できなかったが。どうやら、向こうは割としっかり覚えていたらしい。
「よく覚えているな」
『以前は敵国側に所属していた傭兵だったからな。多少気は払っていた』
「なるほど。生憎こっちは覚えてはいないが、心当たりはある。……それで、さっきから聞こえる銃声はお前達のものか?」
『ああ、俺の部下が交戦している。変電所を奪還する計画を実行に移そうとした先にお前の乱入があったからな。丁度良いから利用させてもらった』
エリックの物言いもぞんざいだが、応じるグレゴリーもしゃあしゃあとしたものだ。今の彼らの関係に、詳しい過去や思い出などは必要ないと物語っている。