『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-136
そんな事に拘っている訳にもいかずに意識を現実に戻すと、ナインが少し苦労しながらトレーラーの運転部に上るステップに足をかけている所だった。ナインの背丈では運転部に上る事すら大変そうだが、運転は大丈夫なのだろうか。
そんな事を、エリックが考えた時。
「……」
通路に面した扉の方からゴロゴロと、キャスターを転がしてくるような音が近づいてきた。思わず銃を抜いて、エリックは扉へと注意を向ける。
エリックが緊張を保ちながら意識を向ける扉の前で、音は止まった。
「エリックさん、居ますか!?」
聞こえてきたのは、アルファの声。
思わず緩みかけた緊張を張り直し、エリックはアリシアの肩を掴む。
「立て」
「……はい」
短く指示すると、アリシアは抵抗もせずに従う。先ほどのナインとのやりとりから、大人しくしていれば害になるような事はされないと判断したらしい。
「ナイン。格納庫内への攻撃は可能か?」
「問題ない。トレーラーの後部機銃を操作できる」
格納庫内スピーカーから帰ってきたナインの声にエリックがトレーラーを見ると、後部貨物部側面に取り付けられた機銃がクイクイと動いた。
ワーカー相手には心許ないだろうが、人間相手には十分過ぎる武装だ。
「合図したら撃ってくれ」
「何を合図とするかは私の気分次第だね」
無闇に不安を煽るような事を言うナインだが、とりあえず今は信用するしかない。
「……入れ!」
再びアリシアを拘束する形になって、そこでエリックは扉の向こうに居るアルファに声をかける。アルファが応援を呼んでいる可能性を疑って、警戒は緩めない。
少しして。稼働音と共に扉が開き、キャスター付きの荷台に乗せられたCS装置を押して、アルファが入ってくる。ホルスターは提げていない。
やはりまだ、エリックを撃つつもりはないようだ。
「アリシア……大丈夫?」
先ほどの怪我が気になるのだろう。アルファが心配そうに声をかける。
その様子にエリックは理不尽な感情を覚えたが、努めてそれを押し殺す。
「はい、私は」
「心配するな。手当ても終わってる」
アリシアの言葉を遮ってエリックが答えると、とりあえずアルファは安心したようだ。CS装置を圧す手に再び力を込め、前進を再開する。
「そこで止まれ」
CS装置が完全に格納庫内に入ったのを確認して、エリックは鋭く制止の言葉を投げかけ。その言葉に足元を縫いとめられて、アルファが足を止めた。
「妙な真似はするな。何かあれば直ぐに、そこの機銃がアリシアもろともお前を殺す」
背後のトレーラーに設置されている機銃を、エリックは親指で指して。アルファもそれを理解し、こくりとうなづいた。それを確認して、エリックは銃を収める。
「まずは確認だ。CS装置をこっちによこすんだ」
「…………はい」
素直にエリックの支持に従って、アルファはCS装置をエリックの方へと静かに押しやった。キャスターをとりつけられたCS装置はゴロゴロと、エリックの元へと近づいてくる。
逸る気持ちを抑えて、ゆっくり近づいてくるCS装置を待つ。外見的には、何か細工されている様子はない。元々アルファの性格からして、CS装置に何か仕掛けられているという事はなさそうだったが。
「とりあえず、不審な点はなさそうだな」
漸くエリックの元に辿り着いたCS装置を調べ、異常の有無を確認するエリック。
CS装置に細工などがなされている形跡はなく、本当にただ持ってきただけのようだ。
アルファの事だからどうせ小細工はするまいと思っては居た。が、本当にこうして素直に差し出されると、クリスを軽視されているように感じた。何故こうも簡単に引き渡すのかと、理不尽な怒りがこみ上げてくる。
「エリックさん」
そんな時に声をかけられ、CS装置に落としていた目線を上げるエリック。見ればアルファが、真っ直ぐにエリックの瞳を見つめていた。