『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-135
しかし、それで面白くないのはエリックだ。
「……だから、どういう事かと聞いてるだろ」
疑問を思い出したエリックは、少し語気を荒げて、再度問う。
「私の思考回路はワイザー博士の作った人工知能プログラムが元になっている、と言ったろう? そしてその人工知能プログラムは、博士の一人娘を模して作成されている」
そこまで聞いてようやくエリックにも、ナインがアリシアを『オリジナル』と言った理由がわかって来た。
アリシアはワイザー博士の一人娘だと、エリックは以前誰かに聞いた事がある。という事は、アリシアを模して作られたプログラムを使って、ナインの人工知能が作られたという事だろう。それにしては随分と性格が違うような気がするが、人工知能の性格というのはそういうものなのかもしれないと、エリックは自分を納得させる。
「なるほど………」
「判ったなら詳細は省略して、出発を急ぐとしよう」
素早く立ち上がったナインが、出入りハッチ近くにある、エリック達に後部を向けて停められているトレーラーの方に目を向けた。レアムに向かった時に使ったものよりは少し小さいようだが、ワーカーの二、三機は積む事ができそうなスペースがあり、既にベルゼビュールが積載されていた。
「運転は私がしよう。お前はそれを持って来てくれないか」
『それ』の所でアリシアを指してから、ナインはすたすたとトレーラーに向かって歩き出してしまう。
「ちょっ、ちょっと待て!」
その様子に思わず慌てて、エリックが制止の声をかける。
「何かあるのか?」
威圧するような様子などまるでなく、ナインはただ不思議そうな顔で振り返った。
「連れて行くのか……?」
半ば以上答えを予想しながら、エリックは振り絞るように尋ねる。自分がナインなら、まず此処で置いていくという選択肢はないだろう事を、判って居るからだ。
「人質としての価値があるなら使わない手は無い。加えて、私はそれに興味があると言っただろう」
至極当然の事を並べ立てているだけ、といった風に、ナインはエリックの予想通りの答えを返してくる。
「置いていく事はできないか? 此処まで来れば、もう必要無い筈だ」
立ち上がる事もできずに様子を伺っているアリシアの方を見やって、エリックは懇願に近い調子で言う。これ以上アリシアに負担をかけるのも躊躇われたし、アルファとの約束もあった。
「置いていかないと、私をどうにかするとでも?」
ナインがいつもの薄笑いを浮かべ、そのままエリックに背を向ける。
クリスの事がある以上、エリックが自分に反抗する事は無いと踏んでいるのだろう。
「場合によってはな」
「ふむ」
面白い事を言う、とでも言いたげに、首だけで振り返ったナインが目を細める。
「コイツは、CS装置との交換材料だ。相手はアルファ、下手な小細工は通用しない」
「つまり。それを無理に持って行くという事は、お前の目的を危険に晒すという訳だね」
半ば言い訳のようにエリックが言葉を足すと、ナインは顔を戻して再びトレーラーの方に歩き出す。相変わらず人を無生物扱いするのは癪だが、理解は早い。
「まぁ好きにすると良い」
「お、おい!」
睨み合いというものも無く余りに素っ気無い様子に、エリックはナインの真意を掴みかねて引き止める。
「つまり、こいつは置いて行っても良いんだな?」
一々ナインの了解を求める自分を情けなく思いながらも、確認するエリック。このやりとりでは、ナインがエリックを見限った可能性だってあるのだ。
「あぁ、そうだよ」
もうナインは振り向きもせずに、トレーラーの運転部の方に乗り込んで行く。恐らくナインなりに損得を計算しての答えだろうが、その答えにエリックは心の中でため息を吐き。続いて、自分はやはりナインの下位に位置しているのだと再認識し、少し我を通しすぎてナインの機嫌を損ねてはいないかと不安になり。そしてそんな自分が情けなくて堪らなくなる。