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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-119

第四七話 《変後暦四二四年三月五日》


「どういう事だ……?」
 銃口を向けられているにも関わらず、尋ねられたナインは薄笑いを止める事もない。
「機械を存分に動かすために、最適なオペレーティングソフト…OSとは何だと思う?」
 質問に質問を返す形で、ナインが唐突とも思われる質問を口にする。
 ちなみにオペレーティングソフト(OS)とは、機械に作業をさせる為の命令を人間が簡単に出せるようにするシステムだ。例を挙げるなら、本来なら1+1を計算するためには相応のプログラム入力が必要だが、OSが仲介する事で、人間は1+1と入力するだけでOSが代わりにプログラムを入力して計算してくれる。つまりOSは、人間のしたい事を機械に伝える翻訳機と言える。
「それとこれと、何の関わりがある」
 傷が痛み、再び苛立ち始めたエリックは、苛立ちを口調にそのまま込めて言った。早めにケリをつけなければ、気を失ってしまいそうだった。
ナインはやれやれとばかりに首を振ってみせる。
「機械を動かすのに最適なOS、それは擬似人格だ。という話だよ」
「…………」
 なるほど、と、エリックはようやく得心がいった。ナノマシンの制御装置に何故わざわざ人格を持たせたのか疑問だったが、それは人間が使い易いようにという理由だったのだ。
機械を動かしてくれるのが擬似人格なら、人間の曖昧な指示にも対応できる。例えば風呂を沸かす場合、通常なら○○度で沸かせと言わなければならないが、擬似人格OSなら『温めに』や『熱めに』等と指示すれば、OSが勝手に判断して沸かしてくれる、という訳だ。もっとも、その「人間が使い易い」ナノマシン制御装置が単独で行動して、人間を攻撃しているのだから元も子も無いが。
「例えば。億を超える数のナノマシン一つ一つに、人間が一々『このナノマシンは此処でこういう形態を取れ』と指示する事はできないだろう? 私なら、『狐を作れ』と言うだけで、狐の体を構成できる。そういう事だ」
 難しい顔をしているエリックの様子にまだ判って居ないと判断したのか、ナインが補足的に説明を加えてくる。
「……それで何故、そんな姿を?」
 相手の正体も判った所で、当初からの疑問をエリックは口にした。
「制御部が破壊された際の為に用意しておいた予備ボディだよ。子供の方が警戒され難かろうと思ってな。適当な子供の脳とバイオチップを入れ替えて、そこのボックスからバックアップデータをダウンロードしたという訳だ。もっとも。予想外に早く見つかってしまって、この体たらくたがな」
 自分の頭を指差して、非倫理的な事を淡々とナインは説明する。つまり先ほどボックスに頭をぶつけたのは……恐らく頭をぶつけた際に端子を伸ばして、内部のバイオチップにデータを渡していたのだ。ちなみにバイオチップとは生態部品を使った集積装置で、従来の物とは比較にならない記憶容量と処理能力を持っている。
傷がなかったのは、すぐさまナノマシンで肌の代わりを作ったという事で、CS装置内に居た時にあった傷が出てきた時にはなかったのも、その要領に違いない。
 そこまで考えて、エリックの頭で何かが浮かびかけた。と、そこで。
「さて、こちらは名乗った。そちらも名乗るべきではないか?」
 依然として薄笑いを浮かべたまま、ナインが尋ねてくる。
「エリック…エリック・マーディアスだ」
 本来なら「答える理由はない」と言う筈だったエリックだが、混乱していた為素直に答えてしまい、浮かびかけた何かもエリックの思考深くに沈んでしまった。
 本当ならとっとと撃ってしまいたいのだが、そうもいかないように思えた。
「ふむ。ナビア兵か? ジュマリア兵か?」
 いつの間にか無機質だった瞳の奥に好奇心を覗かせつつ、ナインが質問を重ねてくる。
「……どちらでもない」
 答えて良いかどうか迷ったエリックだったが、この異常事態で、考える事に少し疲れていた。もうどうにでもなれとばかりに、なげやりな口調で答える。
 といっても、構えた銃は下ろさないが。
「なら何故此処に居る?」
 もっともといえばもっともな質問をしてくるナイン。質問攻めの状況にうんざりし始めたエリックだったが、どうして良いかも判らないので答えておく。
「これでも一応捕まっている身でな…事件解決に協力すれば自由にすると言われた」
 答えて、エリックはふと疑問が浮かんだ。


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