『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-118
「動くな」
立ち上がろうとする子供に、エリックが鋭く制止の声をかける。
脈打つ度に痛む左腕の所為で若干右腕の照準がブレるが、それでもこの距離ならはずさない自信がエリックにはあった。
「……」
どうやら言葉を理解する事はできるらしく、子供は動きを止めた。いや、今となっては子供という表現が正しいのかも判らない。
「……何者だ……っ」
殺気だった目を向けて、問い詰める。相手に言葉が通じるかを考えもせず、思わず尋ねていた。銃口の先で、子供の深い緑の瞳が、無機質にエリックを見据えている。
エリックも半ば意地になって、その瞳を見返す。
「……………」
睨み合いが、暫く続いて。傷の痛みも手伝って、もう撃ってしまおうという気分にエリックがなりかけた時。
子供の口許が、ふっと歪んだ。
「平和的に行こうじゃないか。遣り合っても良いが、修復に使う電力も馬鹿にならない」
声だけは、何の変哲もない子供のそれで。
子供の姿をした何かは、起き上がりかけた状態からエリックを振り向いている不自然な体勢で、歪んだ微笑と共に口を開いた。
「…………」
どう反応して良いかも判らず、エリックはただそのままの体勢で警戒するしかなかった。そんな様子が面白いのか、子供の姿をした何かは不自然な格好のままでくくくと笑う。
「……質問に答えろ…!」
不快感を露にするエリック。もはや、何が何だか判らなかった。目の前に居る物体は、何だと言うのか。
「くく、気を悪くしたか? すまんな、会話に慣れていないのだよ」
謝っているとも思えない態度で、子供の姿をした何かが喋る。その声と態度のアンバランスが、ますますエリックを苛立たせる。
「質問に答えろ!」
ぐっと、引き金にかかった指に力を込めながらエリックは叫ぶ。この得体の知れない存在と向き合う事に、そろそろ限界を感じていた。
「判った判った。そういきり立つな」
苦笑のような表情を浮かべる、子供の姿をした何か。
「…………私はナイン。お前たちが言う所の、ナノマシンの制御部というやつだよ」
予想はしていたものの、子供の姿をした何か……ナインの言葉に唖然とするエリック。ナインはそんなエリックの様子を、にやにやと笑いながら眺めていた。